雫の光
雫の光
美羽は騎士のようにひざまずいた竜軌をじっと見て、頷いた。
終わったよと竜軌は言ってくれたのだ。
辛酸も陰惨な過去も、もう流してあげたから忘れて良いと。
この入浴が神事の一環だったのだと美羽は知る。
だから竜軌はあんなにも自らの手で行うことにこだわったのだ。
裸に、左足にはビニール袋を被せた姿で。
(私の傷、消す為に)
「待て。たんま。潤んだ目で俺を見るな。やばくなるから早く湯船に入れ、美羽」
美羽は聴かずに、裸身で竜軌にがむしゃらに飛びついた。
「りゅうき!」
秀比呂が死んでから、美羽は初めてその名を呼んだ。
「やめろ美羽!俺の忍耐がやばい。やばい、あとで!あとで布団で。な?はしたないぞ、マダム・バタフライっ」
二人はしばらく浴室のタイルの上をごろごろと上になり下になり転がっていた。
竜軌は足の傷を床で打ったりして数回、呻いた。
着替えに用意されたのはいつもの浴衣ではなく、真っ白い絹の小袖だった。風呂から上がると、竜軌が着つけをしてくれた。
竜軌も同じ物を着ている。
美羽は布団の上に座り、きょとりと首を傾げていた。竜軌は胡坐をかいて穏やかな面持ちだ。
包帯でぐるぐる巻きにされた竜軌の左足を見ると美羽まで痛そうな顔になる。
何だか今日は色々あって、美羽の頭は現在、飽和状態だった。よく解らないことを考えたり、思ったり。思い出したりしたような。
オレンジの柔らかい明かりに照らされて、どこか夢見心地でもあった。
ふわふわした心地のまま口を開いた。
「―――――――信長。礼を言う。礼を、言う…」
美羽の記憶はふ、と飛んだ。
(今、何か言った気がする)
竜軌の顔を見ると笑っていた。
「どういたしまして。美羽」
何がだろうと思いつつ、名を呼ぶ。
「りゅうき」
(何だか、とってもとっても疲れたの)
甘えるように、竜軌の胸にもたれかかる。
理由の解らない涙が流れる。胸の凝りが溶けて流れているのだと美羽に自覚はない。
「美羽。お前は俺に、今夜は眠らせるなと言ったが」
思い出し、美羽は恥ずかしくなる。
「今夜はゆっくり眠れ。お前はもう、俺無しでも悪夢は見ないだろうが。同じ布団で寝ても良いか?」
美羽は何度も頷いた。竜軌の体温の虜になっているのだ。
頷きながら、美羽の瞼は落ちて行った。瞼の下には雫が落ちる。光を極限まで溜めた雫は、宙に散る。
愛する人が美羽を見ている。
夜明けが連れて来るのは新しい生だ。




