エプロンとサイン
エプロンとサイン
竜軌は真白を見て声を荒げた。
「何を考えてるんだ、お前は!」
「新庄先輩…」
「ねえ、真白、伊達政宗、伊達政宗だよ、見て見てっ!すっげー、かっけー!!独眼竜ううっ、ひゅー」
「お前の料理を荒太が喰えば、治ったもんも再発、悪化するだろうが、考えろ!!」
竜軌が叱声を飛ばす。
「待てこら新庄、ひでえぞ、それは。なあ、伊達っち、あとでサインくれる?」
剣護が一芯を見たまま竜軌の雑言に顔をしかめ、表情を素早く変え一芯に目を輝かせて訊いて来る。
どうしようかな、と一芯は考えてみた。
ここまで素直な憧れの眼差しを向けられると正直、悪い気はしないものだ。
真白が泣きそうな顔で竜軌に反論する。
「だ、だから練習をしようと思って。大根は滋養豊富で、」
ぶん、と立派な大根を一振りする。
「練習なんぞ無駄だ、たわけ!お前の料理は究極的に破滅なんだ、お前のエプロン姿を見て戦慄を覚えんのは荒太か兄貴共くらいだっ」
「新庄、そこまでだ。真白を泣かすと伊達っちの前にあんたを潰すかんな。なあ、伊達っち、あとでサインくれるよね?無料で。俺、今日は手持ちが少なくってね」
「お前はいつも手持ちが無いだろうが、門倉」
確かに新庄の言い様はあんまりだと思いながら、怜は一人、仲間の言い合いに参加せず、神器である黒漆太刀、虎封の剣先を下げて一芯の横に構えていた。攻撃と言うよりは防ぐ構え。怜に一芯とこの場で刃を交える気は無い。
一芯は剣護に身体の正面を向けたまま、後ろの真白、左手の怜にも注意を払わなければならなかった。目の健在である左手に怜が現れたのはフェアプレー精神に基づいてのことだろうか。
「…揃い踏みか」
「そうなった。君には気の毒だが。雪華がこの結界を保たせてくれている内に退いてくれるとこちらも助かる。君もこの状況で単身、戦い抜こうとは思わないだろう?」
怜は淡々と正論を一芯に説いた。
「あなたのお兄さん、僕のファンなの?」
一芯は左目を怜に向けて尋ねる。
「あー、太郎兄はミーハーで」
怜の瞳が少々、泳ぐ。
「サインあげたら僕についてくれるってことは」
「無いね」
「サインつきの、眼帯着けて鎧兜纏って剣を構えてポーズを取った写真あげても無理かな」
「迷い始める可能性はあるかもしれないから、誘惑しないでやって」
一芯は刀の柄を両手に握ったまま、おどけるように小さく肩を竦めた。




