龍の葬送
龍の葬送
朱とオレンジの混じった秋らしい色の、パフスリーブのプルオーバーにはうねる黒髪が流れて。黒いふわりとしたスカートは喪の色。
美羽は秀比呂の亡骸を向いたまま、竜軌に背を向けて動かない。
ただ苦しげな嗚咽だけが響く。
薄紅の結界内に、今、聴こえる音は、それだけ。
竜軌の目には秋の色を覆う黒とスカートの黒が、秀比呂を悼む色に見えた。
美羽は何も言わない。りゅうきとすら言わない。
ただ、獣が痛みで唸るような泣き声を竜軌の耳に聴かせる。
竜軌にとってこれほど耳に痛い音も無い。
氷溶ける地球の悲鳴より絶滅危惧種の動物の断末魔より。
(美しいものが欲しい)
美羽は思った。
この悲しく死んでしまった人を送る、綺麗な、美しい、優しいものが欲しい。
せめて。
花があれば良いのに。無ければとりどりの色の、何か華やかなものがあれば良いのに。荘厳な景色でも良い。星空でも。月でも太陽でも。
(………何も無いわ)
これが現実だ。
せめて、と思う願いすら叶わない。
これも現実だ。
美羽はプルオーバーを頭の上から脱いで、上半身の下着を露わにした。
「美羽様」
坊丸の声を聴き流し、主が死に、闇に帰ろうとする鬼雲の柄を、秀比呂の右手から指を外して握り取る。
「美羽様!」
叫ぶ坊丸を、竜軌が手で制した。
重い、と美羽は驚いた。
日本刀は重い。手に重圧を知らしめる。こんな物を振るって戦い、死んだのか。この人は。
波打つ黒髪を左手で一房、掴み、重みに手が震えないよう慎重に刃を髪に当て、力を籠めて押した。
ぶつ、と音がして美羽の右手に黒髪の束が残る。
ほっと息を吐いて刀を置くと、鬼雲は消えた。
秀比呂の顔を丁寧に手で拭い、プルオーバーをふぁさ、と身体にかける。黒や赤の汚れが隠れるように。そして胸に黒髪を置いた。
それが、兄を送る為、美羽に出来る全てだった。
プルオーバーと一房の髪だけ。




