寂寞と数滴
寂寞と数滴
兄上が死んでしまわれた。
私はまた、お救い出来なかった。
(私は、また―――――――)
もう息をしていない秀比呂の額に手を置いて、美羽は彼の顔を凝視していた。
このような骸になる宿業を誰が彼に背負わせたのか。
〝信長?いかがした〟
届けられた文をぐしゃりと手で握り潰し、眉間に皺を刻んだ夫に帰蝶は尋ねた。
〝義龍が死んだ〟
〝―――――何?〟
〝義龍が、…お前の兄が、死んだ〟
急な病で果てた。
〝俺が殺してやろうと思うたに〟
〝…………〟
薫風の吹く皐月のことだった。
(嬉しくなどなかった。悲しいと思った。お労しいと)
闇の中を彷徨いながら逝かれたのだと。
脱力感と無力感は、今と同じく。
寂寞として。
(お恨み申し上げまする、父上)
戦国武将、戦国大名となるよりも前。
元は神人であったとも僧侶であったとも言われた男の顔が浮かぶ。
額に置いた手が拳を作る。
ほんの数滴の愛を息子に恵むことをなぜ惜しんだのか。
ほんの少しが欲しくて欲しくて、満たされずに狂った兄。
(私は、父上。あなたをこそ憎いと思った。殺してやりたいと)
そう思った。
美羽の口から呻くような嗚咽が洩れた。




