胡蝶の夢
胡蝶の夢
覚束なかった足元が急にしっかりとして、また揺らいだ。そんな気分だった。
どうして、と訊きかけてやめる。
こういうことに理由を求めるのは、何か違う。
だからいつから?と尋ねた。
「ずっと昔からだ。だがお前はそれを知らなくて良い」
こんな人が自分を選んで、自分に優しくしようとする。
見るからに難しそうで、しかし魅力的なこの男性を、自分の何が捕えたのだろう。
竜軌の頬に手を伸ばす。触れても嫌がられない。
野生の虎が馴れたらこんな感覚だろうか。
竜軌は目を閉じて、美羽の手に委ねている。
こうして見ると、睫が長い。
目を閉じた穏やかな顔は普段とは異なる空気を湛え、聖人像のようだ。
静謐な空気。
肩に軽くつく程度に伸びた真っ黒な髪が風に揺れる。
半身を伸ばせば、唇に唇が届く距離。
この先の行動に戸惑う美羽を、竜軌の影がゆっくり覆う。
降りて来る唇に、今度は美羽が目を閉じた。
ついばむようにそれが触れた。
帰りのバスでも、竜軌は美羽の問いに何でも答えてくれた。
竜軌は優しかった。
怖い夢を見たら頼っても良いの、と訊く美羽に竜軌は頷いた。
良いよ、と。
良いよ、おいで、と言ってくれた。




