竜と龍
竜と龍
狂気の渦に吞まれながら、まだ残る聡明なまなこが二つ。
竜軌と対峙していた。
(不思議だな。俺はお前が、今は醜い化け物には見えない)
妖物を喰らい、人外とまで成り果てた男だが、愛に狂ったと一言で、説明はつく。
現在の竜軌であれば、さもありなんと納得する。
(だがお前は、あいつを凌辱した。まだほんの少女であった妹を)
帰蝶を地獄に落とし、美羽を脅かす男を生かしたままに済まそうとしたのが間違いだった。血を流すなと泣いた帰蝶の顔が、まだ残っていたせいかもしれない。
目の前を桜の花びらが横切ったと思ったが、幻影だった。
気に留めず、六王の刃を左下に向けて構える。後方の障害物や天井などを気にせずに戦える結界内は、槍を振るうに最適と言える。義龍の構えは八双のまま動いていない。
「久しいな。義龍」
気軽に声をかけると、ひび割れても尚、神経質そうな顔が動いた。
「……信長」
「美羽は渡さんよ。あれは今生でも俺に惚れておるから」
「お前は何度、何度、私の帰蝶を穢せば気が済むのだ」
「それは貴様だ。俺は、美羽と、愛し合った。愛し合っていた。それだけだ」
「愛し合っていたのは私だ。帰蝶は私をこそ、愛していた」
まるで鏡を合わせたようだった。
「恣意的な見解だ。美羽の態度を見れば一目瞭然だろう」
「お前が純粋なあの子をたぶらかした。他に多くの女がいながら」
「事情に通じているな。だが俺には、美羽だけだ」
「色魔は皆、そう言う」
「最期の言葉はそれで良いか?」
竜軌が繰り出した六王を、秀比呂が弾き、退く。
退いたところから上段より振り下ろされた鬼雲を、竜軌が繰り出した六王の刃でいなす。
六王が繰り出し、鬼雲が退き、薙ぎ払い、六王が撥ね退け、鬼雲が下段に構え、斬りつける刃と刃ががきりと組まれる。
得物を巧みに操る者同士では柄の長いほうが有利。
槍の巧者と言って差し支えない竜軌を相手に、秀比呂は奮戦していた。
交わされる白刃。
閃く光の全ては、蝶の為に。




