剣戟のち、優しさに満ち
剣戟のち、優しさに満ち
「や、りゅうき、!」
美羽の叫びに、竜軌が止まりかけるが、彼は秀比呂に向かい歩み続けた。
悠然とした足取りで。
(あなた、いつもそう。私が泣いても叫んでも)
結局は、自分の思う通りにしか動かない。悔しくてならない。
(そして私から離れて、置いて行くのよ)
「…美羽様」
すかさず退却した坊丸が顔をセーターの袖で拭いながら、気配と音を頼りに美羽に近付き、宥める声を出す。
(……私と離れたくなかった我が儘で、私まで死なせたと悔いていた)
竜軌は自分を責めていた。
だから今生こそは自分の我が儘で美羽を失うことがあってはならない。
そう決意しているのだ。
(でもあの時も、連れて行ってと先に頼んだのは、我が儘を言ったのは、私だった。あなたは仕方なさそうに、でも嬉しそうに笑って、許してくれたのよ。それのどこが、あなたの我が儘だと言うの)
自分の思う通りにしか動かない。
だが美羽を決して悪者にしようとしない。怒っても、俺が傷つけたと頭を下げて来る。
「…りゅうき」
「そのようなことにはなりません、美羽様。どうか上様を信じられませ。あなた様の御夫君です」
竜軌が死んだら私も死ぬ、と言った美羽に、励まし、諌める口調で坊丸が言った。
(御夫君)
もう旦那さんだろうと、竜軌は言ってくれた。
「りゅうき、りゅうきりゅうきりゅうきりゅうき」
「…竜軌、愛してる愛してる愛してる死なないで。そう、仰せです」
顔を伏せて坊丸は主君に伝えた。
「りゅうき…」
「未亡人にしないでと」
しょうのない蝶だと竜軌は呆れる。
(これから戦う夫にかける言葉じゃないぞ)
それなのに、いかにも美羽らしいと嬉しく感じる。
喜びを胸に、美羽を振り向いた。
「愛してるから。良い子にして待ってなさい」
竜軌の顔には、純粋な優しさに溢れる笑みが一杯に浮かんでいた。
明るく、戦場に似合わぬ優しさだった。




