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大義
大義
信長。
来たか、と秀比呂は思う。
美羽が彼の姿に顔を輝かせたのを横目に見ながら。
「…ひどい濁りようだ。美羽の身体に障るだろうが。考えろ、義龍」
地に降り立ち、美羽を片腕に抱いた竜軌が結界内を見回しながら顰め面になる。
右手には六王。
その状態で続けて咒言を唱える。
「奇一奇一たちまち雲霞を結ぶ、宇内八方ごほうちょうなん、たちまちきゅうせんを貫き、玄都に達し、太一真君に感ず、奇一奇一たちまち感通、如律令」
竜軌の低い声は美羽の耳に心地好く響いた。
淀んだ赤が、徐々に澄み、薄紅にまでなる。
「…ふん、荒太ほどには上手く行かんな」
「りゅうき、」
「それでもすごい、と仰せです」
雨煙を構えた体勢の坊丸が律儀に訳す。
「そうか、素直でよろしい。坊丸」
「は」
「よくしのんだ。大義」
「は!」
秀比呂は静かな瞳で竜軌を見ていた。
彼の眼中に坊丸は既にない。
竜軌も静かに秀比呂を見返した。
「あとは俺がやる。しゃんと目を覚ませ、六王。出番だぞ、美羽も見てる」
竜軌の腕がするりと美羽の肩から解かれる。
前述『日本呪術全書』より引用。




