心もしのに古思ほゆ
心もしのに古思ほゆ
例えるなら醜怪な鬼のような生き物がそこにいた。
帰蝶、と名を呼ぶ。
美羽の顔は激しく揺らいだが、坊丸の表情は微塵も動かなかった。
敵の姿形に心惑わすようでは、命を賭した戦いで勝ち得ることなど出来ない。
秀比呂の顔に赤い亀裂が走っていようと、元は衣類だったような物が赤く黒く染まっていようと、殺すことしか頭に置かない。
相手を殺す前に己の心を殺す。
戦場で生き残る術だ。
(…鬼雲が、慄いている)
秀比呂は自らの持つ神器を見遣る。銀色の刃と柄の黒。単純な意匠の、大振りでも小振りでもない刀。性質は鋭敏で繊細。
主の放つ狂気と妖気の異常に、神器が動揺しているのだ。
(だがまだ戦意はある)
鬼雲の気配を推し量ると、意識の全て、坊丸に戻した。
雨煙を手にした坊丸の構えは八双。
(長氏より隙が無い。兄だな)
自分にも弟はいた、と秀比呂は思う。自分を愛さなかった父に溺愛された。
感傷を振り払うように、鬼雲を持って坊丸に斬りかかる。刃の上を滑らせ、力を受け流される。脇を薙ごうとした雨煙を弾き、袈裟懸けを試みるがまたかわされる。
双方、間合いを取って睨み合った。
(やりおる。…武勇の名門か)
心のどこかで喜ぶ自分を秀比呂は感じる。
古の戦乱を身体が、魂が思い出し、猛っている。荒ぶる。
悲しい性だ。
だが信長とまでは行かずとも、死闘を演ずるには相応しい相手だった。




