雨の旋律
雨の旋律
竜軌は割と着る服に拘りがある。これは多分、ブランドものだろうと思うような服もよく着ているし、ジーンズはヴィンテージで高い物から、安くても気に入った物まで穿くと言っていた。
蘭たち兄弟は、顔の派手さとは対照的に装いはいつも控えめでシンプルだ。力丸あたりは着られれば何でも良い、という感覚の持ち主だ。ジャージ姿で邸内をうろつこうとして、さすがに見苦しい、と蘭から叱られていた。彼らは飽くまで武士としてあることを尊しとし、自分たちの容貌の秀でていることに無頓着なのだ。しかし主張しない服装は、却って兄弟の美貌を引き立てていた。
それは坊丸にしても同じことだった。
水色のシャツ、オフホワイトのセーター、紺のスラックス。ベルトも何てことはない黒い皮ベルトだ。
凝ったデザインなどどこにも無い装いなのに、このまま彼が街を歩けば恐らく誰もが振り返る。
座る美羽の至近距離で低く身構えていた坊丸が口を開いた。
「雨煙。恵みを」
雨粒のように落ちた呟きに、美羽が顔を上げた。
「してやられましたな…」
苦い独白の意味が美羽には解らない。
主の声に応じて現れた神器は柄の色が美しい雨の色だった。
「美羽様。今から、空気が淀みます。どうぞ私の後ろから動かれませぬように」
「りゅうき、」
「御無事です。したが足止めされておられます。この上は、」
坊丸の予告した通り、胡蝶の間の空気がぐにゃりと歪み、赤く淀んだ。
蘇芳の机、樺細工の鏡台、テレビなど、部屋の中にあった物は全て姿を消す。
秀比呂が現れる。
「帰蝶…」
美羽はびくりと肩を震わせた。
「この上は、私が義龍を切る他ありますまいな」
雨音の旋律を聴くように、美羽は涼しく凛々しい声を聴いた。




