さだめを知る者
さだめを知る者
(成利が、離れるか…)
神器・砕巖の主が帰蝶の守りより一時、退く。
これをどう読むかと秀比呂は考える。
(信長は愚者ではない。不本意だが、それは私にも認めざる得ないところだ)
陰陽師は順調に回復傾向にあるようだ。
元々、生命力が強いのだろう。
守りも固められ、これ以上は手出し出来ない。
(…その、余裕も無い)
秀比呂は腹を抱える。
腹に一物とは言うが、何かを飼っているかのような感触だ。
身の内で蠢くのは喰らった蜘蛛の妖物か。
赤く濁った結界が、段々にしてますます奇怪な様相を呈するようになるのは、当然と言えば当然。
(ここで、帰蝶と愛し合うは、気が進まぬな)
美しく白い褥が良い。
兄上と、愛しい声で呼ばれて。
秀比呂に残された時は少ない。
それで良い。人外になり、血塗れになってでも帰蝶に辿り着き、愛し、果てたならば本望。
(だが、出来得ることなら信長は、殺したいな)
愛しい蝶を奪った。穢した。
美羽の面影が浮かぶ。信長に向けた微笑み。
(お前は去りゆく夏、私は、枯れゆく森。お前には、未来が。次の時へ進む。私は、お前を愛して、そこで終わる。帰蝶。それで良い)
それで良い、と濁った赤が蠢いた。




