それは禁じ手
それは禁じ手
空気が暗いなと怜は思う。
空は青く澄み渡り、昨日の時雨が嘘のような快晴だと言うのに怜の周囲だけどんよりしている。
身体の大きな人間がとぼとぼと横を歩くのは鬱陶しい。
ガードレールと民家の塀に挟まれた歩道は狭い。怜は後ろにずれたが、前方から溜め息が流れて来て勘弁してくれと言いたかった。
「太郎兄。真白が重いなら変わるよ」
「やだっ。この子は渡すもんか」
剣護が背中のもこもこ真白をひしと掴む。背中に最愛の体温があり、焦げ茶色の髪が時折、剣護の首をくすぐるようにして落ちて来て、熱い吐息を後ろの首の下あたりに感じる。
その状態のみを鑑みれば、剣護は極楽にいるようなものだった。
「…欲張っておいて。じめじめした空気出さないで」
「だって!さっき猫耳のJSがっ、」
「日本語を喋って」
「猫耳がついた黒い帽子を被った女子小学生が、」
「いたね。…JSって言うんだ。知らなかった」
「写メ撮ってた、俺らの!」
「それが?」
「お、俺のことおじちゃんって、お前のことはお兄ちゃんって言った!」
そこか、と怜は納得して兄を宥めにかかる。
「格好良いって目を輝かせてくれたね。光栄なことじゃない」
「俺は二十四だぞ、お前は二十二だろうが、あんま変わらんのに呼び方が雲泥の差じゃん!!」
「まだ二十一だよ。俺の誕生日は来月」
「…ごめんよ」
「良いよ。欧米系の血が混じると実年齢より上に見えやすいんだよ」
「そうなの?」
「うん。中身がどうであれ」
「そうなの?」
「うん。ねえ、真白、俺にもおぶらせてよ」
怜にとっても真白は、目に入れても痛くない可愛い妹だ。
「近寄るなっ。この子は渡すもんか。お前、俺より細いからよろけるだろう」
がるると吠えんばかりに剣護が拒絶する。
「真白は軽いから大丈夫だよ。前もおぶったし。試してみよう」
「その手に乗るかっ。背中がぽかぽかして温かいんだ。…ねえ、真白さ」
「うん」
「猫耳、似合うと思わん?」
「思う。すごく可愛いだろうね」
怜は深く頷いた。猫耳をつけた真白に甘えられれば、日頃は冷静な怜でさえ彼女の言うことを何でも聴いてあげてしまいそうだ。
「だよなあ~。可愛さのてんこ盛りだよなあ~」
剣護の頬がだらしなく緩んでいる。
(白い猫耳をつけた真白が剣護、剣護、と俺にじゃれついて来たらどうしよう。ベッドに潜り込んで来たらどうしよう。ダメだぞ、真白。兄ちゃんの理性の限界を試さんでくれ!)
膨らませた妄想で勝手に懊悩し始めた兄に、怜が落ち着いて分析したコメントを述べる。
「成瀬がますますがっつきそうだね」
そのコメントには熱くなりかけていた剣護の頭に清水をかけるような効果があった。
そう言えば荒太がいたね、と思い出す。全力で忘れていた。
「…だよなあ……」
剣護は十メートルほど歩いてから、背中の真白を弟に譲ってやった。
「落とすなよ、変なとこ触るなよ。愛し過ぎてはならないっ!」
「俺じゃなくて自分に言ってやって」




