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 ごくささやかなノックの音に、小さな声が響いた。

「蘭、俺だ」

 辛うじて聴き取れた主君の声に驚き、蘭はペンを置いてデスクから離れた。

 ドアを開けると、放射冷却で冷え込んだ、まだ朝も早い空気の中に竜軌が立っている。

 腕には眠る美羽。

 丹前とロングカーディガンにくるみ、大切そうに竜軌は彼女を抱きかかえていた。

 蘭が話しかけようとすると、手振りで声のトーンを落とせと求めて来る。美羽を起こさないように気遣ってのことだろう。

 蘭は従った。

「どうされました」

「訊きたいことがあって」

 ひそひそと声が交わされる。

「御方様を抱っこされて来たのですか」

「俺は美羽から離れると生きて行けんからな」

 竜軌は囁き声で言って美羽の額にチュ、と唇をつける。

 美羽はすやすやと寝ている。

 朝一番からののろけは、以前の台詞と若干変化したように思う。

「何をお訊きになりたいのですか?」

 蘭は動じずに返した。竜軌が美羽に対してとろけるようになるのは昔からだ。

「お前、俺の為に身体を張れるか」

「―――――僭越ながら愚問であると申し上げます」

「だよな。そう怒るな。なら俺を幸せにしようとするか?」

 華やかな美貌が世にも不可思議な表情になる。右足が半歩、後ろに引く。

「…はあ。お祈り申し上げておりますが」

「訊きたかないが愛せるか?」

 なら訊かないで欲しかったと蘭は心の中で悲鳴を上げた。

「きっっしょ、」

「何だと?」

「無理ですよどう考えても、上様だって男嫌いな癖に、敬愛とかなら話は別ですが、」

 トーンが上がりかけた蘭を竜軌が手振りで諌める。

「……孝彰様から見合いの話までいただいてるのにそんな爆弾質問、投げかけないでください」

 蘭が声を落としてぼそぼそと言う。

「へえ」

 竜軌には初耳の話だった。

「でもあれだろ、親父が薦めるなら、どうせお嬢さん系だろ?」

「お嬢さん系ですね。実際、企業のご令嬢だとか」

 蘭が頷く。

「お前、小悪魔系が好きじゃないか。香水きっつい感じな」

「そうですね。むせる感じな自己主張、良いですね」

 ひそひそ、ひそひそ、と会話は続く。

「ご令嬢はタイプじゃなかろう」

「いえ、上様。娘という生き物は実に奥深いものでして、お嬢さんと見せかけて、小悪魔というパターンも世にはあるのですよ」

「…まあ、あるな」

「ですから今回の相手も、そういう一面がないかと私は密かに期待しているのです」

「親父が聴けばぶっ飛び発言だな」

「それで私、その娘とあわよくば砕巖と海岸デートしたいのでございます」

 駄洒落かと尋ねようとして竜軌はやめた。蘭はいつでも真面目に物を言う。時に行き過ぎで困るくらいに。

「……待てよこいつ、て砕巖を持って追いかけんのか?」

 あの鮮やかに朱い大身槍を持って。

「ええ、それで娘が追いかけてごらんなさい、うふふ、あはは、て。波がキラキラ、と眩しく光って」

「………」

 警察沙汰になるなと竜軌は冷静に判断した。蘭の夢は果たせずに終わるだろう。

 蘭様は意外に莫迦だけどそこがまた可愛いのよね、と前世で侍女たちに人気だった理由が竜軌には未だによく理解出来ない。顔が派手ならそれで良いのか。

(美羽と違って可愛くもないし)

「頑張れ」

「はい!」

 無責任に励ましておく。実現してしまったところで、どうせ一番、被害を被るのは孝彰だ。

「でな、蘭。美羽と同じくらい、俺を愛せる人間がいると思うか?」

 迂遠を嫌う竜軌にしてはやっと本題に辿り着いた。

 華やかな顔が鎮まり、胡乱な目で竜軌を見返した。

「愚問でございます。御方様より上様を愛せる女人はおりません」

 それは竜軌の満足行く答えだった。

 腕の中に眠る宝物を見つめた。



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