竜に過ぎたるもの一つ
竜に過ぎたるもの一つ
美羽は竜が戦っているのをじっと澄んだ目で見ていた。
自分にはよく解らないが、竜軌が何か見えないところで、彼の内部の世界で、戦っていることだけは美羽にも窺い知れたのだ。
生易しくはない戦いであることも。
独りにしないことが自分の役目と思い、また、独りにしたくもなかった。
ともすれば平気で孤独に身を晒す、大好きな人を。
(愛しているのよ。竜軌。あなたが私を見てない時も、私はあなたを見てる)
傷つかないか怒らないか悲しまないかと見張る。何かあればすぐに抱き締めてあげられるように。
そして竜の戦いは終わった。
竜軌の眉間の皺が消え、表情が緩んだ。
疲れた、という顔をする。もう時計は午前零時に近かった。
美羽は温かい竜軌の腕の中から腕を伸ばし、彼の頭を撫でた。
サラ、と動く黒髪の感触が指に心地好くて愛しい。
くしゃくしゃりと撫で回す。
「――――――何だ?」
〝竜軌、えらい、がんばった、お疲れ様〟
「何が?」
〝がんばった、良い子、よし、よし。疲れたね〟
美羽は更に竜軌の頭を撫でる。
「…別に頑張ってないぞ。良い子でもない」
頑張っていたのは荒太だ。悲嘆に心を軋ませていたのは真白で、怒り悲しんでいたのは剣護であり怜だ。
なのに、美羽がまるで何もかも解ったように、優しい顔で頭を撫でて来るので、竜軌の中でも揺れるものがあった。揺らぐ温もりが。
解されて、人の心とはこうであったと取り戻す。虚空から帰って来る。
(美羽)
硬い鱗に守られた竜の心にいとも容易く触れる少女。
観音のように笑い、甘えることを許そうとする。
竜軌の孤高が、簡単に突き崩されてしまう。
(儚い蝶なのに)
浴衣の襟が重なる上、ぎりぎりの白い肌にチュ、とキスすると美羽が揺れた。
鎖骨と首、額にもキスを神妙に落として、美羽の顔を両手で慈しむように撫でる。
「過ぎたる宝」
竜軌がそう言うと美羽は不思議そうな顔で、それでも笑う。




