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二歩、三歩
二歩、三歩
朝、美羽はいつものように、自室で目が覚めた。
昨夜、怖い夢を見た。
久しぶりに、昔の、事件の夢を。
真白に甘えたけれど、気がつくと竜軌の部屋にいた。
夢現に、彼の優しい声を聴いた気がする。思い出せば泣けてくるような、自分の幸を祈る言葉。花びらのように、無償の優しさが降って来た。
「美羽様。今日も靴屋に行かれますか?」
細くて濃い、紺のフレームの眼鏡をかけた蘭が、朝食の食器を引きながら訊いて来る。
美羽はふるり、と首を横に振った。
〝竜軌は、どこ?〟
その文字を濃紺の奥の目が追い、驚きの感情を宿した。
「撮影に?」
〝ついて行ってはいけない?邪魔はしないから〟
竜軌は、別段、意外そうな顔をしなかった。彼は大抵の物事には動じない。
「弁当を二人分、用意出来るか」
〝できる〟
「水筒。それから日傘か帽子を用意しろ」
熱中症を警戒しているのだ。
〝わかったわ〟
竜軌は口角を釣り上げると、美羽の頭に手を置いた。




