君泣くと
君泣くと
チェーンに遮られ、ドアはすぐには開かなかった。
剣護は思い切りドアノブを引いたので、ガン、とチェーンが激しい音を立てた。
剣護の右手に震動が伝わる。
「…荒太君、荒太君、こ、…」
遠く、真白の泣く声が、背後から聴こえる雨音と重なる。
「真白っ。チェーンを外してくれ!」
剣護が叫ぶと真白の声が途切れ、乱れた気配が寄って来てドアが開いた。
「けんご、じろ、あに、…っ、」
パジャマ姿の真白の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
剣護は真白の肩を抱いて中に踏み込んだ。怜も素早く続く。
「荒太っ!」
中は暖房がよく効いていた。駆けつけた身には汗ばむくらいだった。
荒太は身体をくの字に折り曲げてリビングに倒れていた。
アラベスク模様が織り込まれた、彼お気に入りの生成り色のカーペットの上。
額に脂汗を浮かべて腹部を押さえ、歯を食い縛る様子は明らかに非常事態を示していた。
妻とは異なり頑健そのものの荒太は、どんなに忙殺されようがけろりとしている男だ。
入院経験こそあるものの、高校を卒業して以来、これまで病院とは最も無縁の存在だった。
「救急車は」
剣護が真白に尋ねる。
「呼んだ、でも、」
「原因は?」
「わからない、ごはん作る匂い、ふつうにしてて、なのに、急に、急に、ドサって、音がして、来たら、」
「解った。もう良いぞ、しろ。大丈夫だ。兄ちゃんたちがいるからな」
剣護は真白の頭を手早く撫でた。
怜は屈み込んで眉をひそめ、荒太の容態を窺っている。
原因が解らない、と言うように剣護に向けて首を傾げて見せた。
「――――――しろさん、ましろさん――――」
目をきつく閉じたまま、食い縛った荒太の歯の隙間から声が洩れ出る。
「荒太君っ」
真白が夫の身体に取り縋る。
「…だいじょぶだから、なくな、」
やっとのことでかけられた言葉に反して、真白の目からは次々に雨が降る。




