袖時雨
袖時雨
竜軌が天麩羅をつまんだ箸を止めた。茶塩につける手前。
目はどこか遠い一点を見つめるように。
「りゅうき?」
〝いらないてんぷら、あるならちょうだい〟
「………」
「りゅうき?」
〝海老天、もらっていい?〟
「…好きだな、お前」
黒い目が緩慢に美羽を向く。
〝竜軌ほどには好きじゃない〟
「解ってる。そら、やるよ」
〝本当に?竜軌、太っ腹。ありがとう!〟
美羽は嬉々として海老天にかぶりついた。
それ以降、竜軌の口は重くなった。
こんなことが前にもあった、と美羽は思い出す。
福岡で観光していた時だ。
あとから美羽は、その日に力丸が片目を失くしたと知った。
美羽の箸も止まる。
嫌な予感がした。
障子戸の向こうから微かな音が響いて来る。
時雨が降り出したのだ。
剣護は着信音を聴いて奇妙な表情になった。
携帯を耳に当てる。
「真白?どうした、熱は、」
『剣護、剣護、た、助けて、』
「―――――――何があった」
泣いている妹に尋ねる。
『お願い、来て、お、お願い、』
「行く。何があったか話せるか?」
脚を動かしながら口も動かす。
兄の険しい声を聴きつけ、怜も自室から出て来た。
「太郎兄?」
右手を挙げて静かに、と制すると怜は口を閉ざして剣護について来た。
真白だ、と口だけを動かすと行き先を悟った怜が頷く。
『こ、荒太君』
「…荒太がどうした」
もうすぐ成瀬家のドアが見える。
『た、倒れて、動けない』
剣護は合鍵で鍵を開けるとドアノブに手をかけた。




