蛹
蛹
冷房で部屋は冷え切っている筈なのに、竜軌は暑かった。
膝に抱え込んだ人間入りの布の塊のせいだ。人の体温は熱い。だが竜軌は、これは美羽ではなく女でもなく人でもない、ただの嵩張る座布団だ、と自分に言い聞かせた。そしてその嵩張る座布団を、後生大事に抱え続けた。
数分耐えていると、塊から強張りが取れた。くにゃりともたれて来る。意識を失った人間は重量が増す。
布団を剥いでみると、そこにはあどけない寝顔があった。
(やってられるか)
彼女を抱え上げ、真白の部屋に突き返しに行くと、真白が眠そうに目をこすりながらのたまう。
「新庄先輩、意気地なしですね」
「後先を考えると訂正しろ」
「欲求に負けるのを恐れて、過去の悪夢に苦しむ彼女をあなたが突き放してはいけないんです。解らないんですか。あなたは、そんなに物の解らない男ですか」
それは静かな一喝だった。
「―――――――そんな風に、お前を守り育てた門倉剣護に俺は負けているのか」
真白は微笑んだ。
「私の兄様ですよ?勝てるのは荒太君くらいです」
(さて。そのあたりはどうにも微妙な案配だが)
竜軌は自分の布団に寝かせた美羽の手を握っていた。汗でべたつくかと思ったが、そうでもない。美羽の掌はさらりとして意外に気持ち好い。
手を握ってやると、彼女の寝顔は安らいだ。
いつもそうであれば良いのにと思う。
「なあ」
長い睫や綺麗な唇を見ながら呼びかける。
「お前、泣くなよ。悪い夢は、全部忘れろ。俺を思い出さなくても良い。美羽。お前にとって力になる記憶だけ、抱いて生きろ。笑って、舞え。俺はそれが見たい」
玻璃細工の蝶が壊れずに空を舞う姿を見届けたら、竜軌もまた飛び立つつもりだ。
その時、蝶が何を選ぶかは解らない。




