表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
338/663

あるなし

あるなし


 帰蝶の顔は青くなっていた。

 滅多なことでは顔色を変えない気丈な妻の異変に信長は気付いた。権謀術数に長けた武将らを知るゆえに、彼は人の機微には敏かった。

〝何があった、帰蝶〟

〝何も無い〟

〝下手な癖に嘘を吐くな!〟

〝何も無い、…信長を、好いておるだけだ、〟

 それだけを言って涙を滲ませた帰蝶を胸に抱き、信長は安土城の隅々まで耳を澄ませた。

 そして、聞き逃せない言葉を捉えた。


〝―――――信長。何をしている〟

 帰蝶の声を聴いた信長は胸中で舌打ちした。

 遠ざけておけと命じたのに。

 男の腹から六王を無造作に引き抜く。

 血が飛び、男が呻いた。

〝去れ。戻るなよ〟

 どのみち生き延びれまいとは思った。六王は男の腹を深く突いた。

〝信長〟

〝帰蝶。寝所で待て。俺は湯浴みして来る〟

 血を落とさなければ触れられないと考える。

 (かんぬき)を外した戸から、男は庭の外によろめき出て行く。

 夜闇が不愉快な血の跡を隠したので、信長はそれ以上、猛らずに済んだ。

 だが帰蝶は聴かずに侍女の手も振り切り、華麗な打掛姿のまま駆け寄って来る。

〝来るでない、汚れるっ〟

〝なぜ、刺したのだ、〟

〝お前は俺に知れたことばかりを尋ねる〟

〝…え?〟

〝己を傷つける暴言を耳にしながら、俺に言わずして耐えようとする。愚かだ、〟

 昂りながら言う一方で、優しい女なのだとも知っていた。

不生女(うまずめ)と陰口を叩かれて〟

 帰蝶の美しい顔立ちが凍りついた。彼女は唇を震わせながら答えた。

〝知れば信長が、左様に怒る。…見とうはなかったのだ〟

〝侮辱を受けて引き下がるな!〟

〝信長が地獄に落ちるのは嫌だ!〟

 悲鳴のように叫んだ帰蝶に、信長は眉を寄せた。

〝何の話をしている〟

〝血を。流し過ぎてはならぬ。信長はもう、たくさん、たくさん血を流した。左様なことでは、地獄に落ちてしまう、嫌だ、信長と、死んでからも離ればなれになりたくはない〟

 帰蝶が泣き崩れた。

〝…地獄など無い〟

 泣きながら帰蝶はかぶりを振る。

〝やもしれぬ。やもしれぬが、確かなことは誰にも言えぬであろう。万一、〟

 万一が無いことを知る信長は、唖然として帰蝶を見つめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ