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背中

背中


 ノックの音と主君の声に応じて、蘭は自室のドアを開けた。

 竜軌の黒い背中の手前に美羽が立っていた。

 朝食のあとに着替えたのだろう。寒色系のアーガイルニットに発色の良い濃緑のジャガード織り八分丈のズボン。スリッパを履く白い素足は眩しい。

 明るい光を浴びて立つ美羽を見て、美しくなられたなと思う。

 憂いを帯びても何かに憤るような表情をしていても、根底から彼女を輝かせるものがある。

「いかがなさいましたか、美羽様?」

 穏やかな声で尋ねる。

〝坊丸に、しばらく私に近付いちゃダメって伝えて〟

「…あれが何か致しましたか」

 竜軌の背中を見ながら美羽に尋ねる。

 美羽がかぶりを振る。

〝してない、ただとっても頑張ってフィギュア作ってくれただけ。でも、私が喜び過ぎると竜軌が怒るから〟

「………」

〝坊丸、もしも竜軌に殺されたら、私のせい。竜軌は私に狂ってるから。でも、私はそのことが怖いけど、ものすごく腹立たしいけど、情けないことに嬉しくもあるから〟

「………」

〝私も竜軌に狂ってるの。蘭。ごめんなさい〟

「…美羽様。私は前生でも今生でも妻帯の経験がありませんゆえ、定かなことは申せませんが。いえ、定かなことが申せないのはそのせいばかりでもないのですが」

 水の中。碇がゆっくり、ゆっくりと落ちて行き、美羽という船が波に彷徨うのを海底の砂の上で静かに引き留めるように。

 蘭は言葉を紡いだ。

「万人が声高に言う割りに、自らの身に置き換えて考えるのが、これほど難しい事柄も無いのですが。男女の愛情とは坩堝でして。正解を導く唯一のテキストというものがございません。逆に言うならば美羽様を誤りと決めつけるテキストも無いのです。あなた様の胸の苦しみを慮りもせず悪し様に言い、石を投げるような輩がおりますれば、蘭が蹴散らしてくれましょう。己が愚行の報いを思い知らせてくれましょう。…お心をよく見定められませ。御自分を責め過ぎてはなりません。さりとてテキストが無いのを良いことに好き勝手するも大間違い。自分にも相手にも、人にはそれぞれ訳があるのです。よろしいですね。人には、それぞれあるのです。ゆめお忘れなきよう」

 主君の背中と少女に、蘭は語りかけた。

 美羽は澄んだ瞳で真剣に彼の言葉に耳を傾けていた。蘭が語り終えると、その瞳のままでコックリと頷いた。

 こういう方であられた、と蘭は懐かしく思い出していた。



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