レモネードを作ったら
レモネードを作ったら
荒太が無事、出かけたところで剣護を呼ぶか否か。
兵庫の思案のしどころだった。
荒太と真白は並び立つべき兵庫の主君であるが、兵庫は生来のフェミニストであり、現在、弱っているのは荒太より真白のほうだった。少なくとも肉体的には。
荒太が剣護を呼べないと言うならば、自分が呼んでやるしかあるまい。
(荒太様のお気持ちは十分に解るんだがな)
男として理解出来る心情は心情として、忍びは冷静な思考が肝心である。
「兵庫、荒太君は行った?」
ベッドの中から真白が問いかけて来る。掛け布団の足元には山尾が太平楽に寝ている。
もしもいびきをかき始めるようであれば、寝室からこの太った猫を追い出そうと兵庫は考えていた。
「行っちゃいましたよ。ダメですねえ、真白様。甘えて、我が儘言って、いてもらえば良かったのに。……そんなお顔なさるくらいなら。不器用が直ってませんね」
「………」
「しょうもないことを考えたんでしょう」
「…足を引っ張りたくないの。我が儘を言って、嫌われたくないの」
「しょうもないことですね、やっぱり。真白様。そういうのをね、〝すっぽんが時をつくる〟って言うんですよ」
忍びの飄々とした笑いと物言いに、真白が枕の上で顔を傾ける。
「何?それ」
「世にある筈がないことの例えです。荒太様が真白様を嫌うなんてない、ない。逆はあってもね」
「逆もないわ、兵庫」
真白がむきになって枕から頭を浮かす。
「あなたならそう言うと思いましたよ」
兵庫が女主人に優しく笑った。
シニカルな忍びの瞳には、慈愛と敬愛と憧憬と。
「ホットレモネード、お作りしますよ。真白様、お好きでしょう」
「うん。懐かしいな。…塔子おばあちゃんの味。ありがとう、兵庫」
「いいえ、キッチン、お借りしますね」
ホットレモネードを作ったら、剣護を呼ぼうと兵庫は思った。
まだ天秤に、大きな変動は無いだろう。




