手の中
手の中
真白と荒太は美羽の部屋に近い、続き部屋を使っていた。
夫婦なのだから一間で良いだろうと言った荒太に、それでは色々と不便があるから、と真白が希望を通した。そこは譲歩した荒太も、夜は妻の部屋に押しかけた。
一組しかない布団に寝そべる夫を、真白は困った顔で見下ろした。
名前を呼べば、手首を掴んで引き寄せられる。
「………他所のお宅でこういうのは、」
「日本旅館だよ、ここはむしろ」
荒太が真白の首筋に唇をつけようとした時、襖を叩く音がした。真白が荒太をぐいと押し退ける。声をかけずに襖を叩く必要のある人物は、今この邸には一人しかいない。
「――――――美羽さん」
襖を開けると、廊下にパジャマ姿の美羽が立っていた。
早く家に帰りたい、と荒太は布団に突っ伏した。
そして浴衣姿の竜軌はさすがに困惑した。
怖い夢を見て一人が辛いそうなのでよろしくお願いしますね先輩、と言って真白が美羽を連れて来たのだ。
(真白、あいつ。たまに天然と非常識の合わせ技を繰り出しやがる)
それなりに危機感はあるらしく、美羽は竜軌から距離を取った部屋の隅に立っている。
警戒を表わすように、両の拳は前に構えられている。竜軌は掛布団を放ってやった。
「それでも被ってろ。で?夢が何だと?」
〝昔、の〟
竜軌はちらりとそれを読む。
〝お父さんが〟
「―――――――もう良い。書くな」
傷が美羽を縛る。
傷が帰蝶を縛ったように。
「それで、お前は俺にどうして欲しい」
〝真白さんは?〟
「…いない。良いか。お前の正面には俺しかいない」
〝あなたは私のこと必要じゃないわ〟
莫迦を言うなと怒鳴りつける寸前で、竜軌は口を閉じた。
掛布団の小山から差し出されたそのメモ帳を睨むこと数秒、その小山に近付き、ひょいと抱え上げると胡坐をかいた膝に置いた。じたばたと暴れた布の塊は、膝に置かれると大人しくなった。
「俺の意思を勝手に決めつけたお前の意見は聴かん。ほとぼりが冷めるまでそこでじっとしてろ。それが最善だと俺が決めた」
竜軌は布団ごと、美羽をくるんだ。
多分、彼女はかなり暑いだろう。蒸して息苦しいかもしれない。
構うものかと布を抱く。
(天邪鬼同士だ。俺たちは。互いに言葉が足りておらん。言葉を超えねば触れ合いもない)




