紅より蒼天より
紅より蒼天より
竜軌は罰するように美羽を愛した。
晩秋に彩られた葉よりも尚、濃く深く、蒼天よりも尚、高く。
美羽は息が出来なかった。
夜の間中、名を呼ばれ愛を囁かれた。
ひょっとしたら憎まれているのかと疑うことも許されず。
初めての夜の甘さが嘘のように、竜軌は容赦しなかった。
生きた心地がしないまま、美羽は途中で気絶した。
(誇り高いお前は、起きたら怒り、泣くかもしれないな。だが俺からは離れられない)
夜の苛烈さを忘れたように、優しい仕草で竜軌は眠る美羽の白い額を撫でていた。
「自業自得だ、蝶々姫。俺を責めるなよ」
少女に釘を差しておく。
他の花に目移りするなど許さない。
(だが俺は、下男の爺を打擲はしなかった。してやっても良かったのだが、お前の顔が浮かんで泣いて俺を責めるので、出来なかったのだ)
坊丸を許容したのも。
「…ひどい男なんだろうが、お前は俺を愛して、幸せなんだろう?」
黒髪の一房を掬い上げてくちづける。
障子戸の向こうから曙光が滲む。
(明けぬれば、か。我ながら青いことをした)
大きな欠伸が出る。裸の肩を動かすとコキコキと鳴った。
襖の外に置いてあった盆を中に運び入れ、適当に空腹を満たす。
ご、ご、ご、と盛大に音を鳴らして水を飲み、息を吐いた。
まだ眠る美羽を見て思案し、お櫃の中の米を丸めて握り飯を作る。
「美羽。メシだぞ」
美羽の目が薄く開くのを見て口元に握り飯を差し出す。
「ほら」
美羽の目がはっきり開く。目の前の握り飯と、それを差し出す竜軌を認めるや否や、彼女は拳を振り払った。
握り飯が畳に叩きつけられてひしゃげる。
竜軌を睨みつける目からは涙が出ている。
「お前が食い物を粗末にする娘だとは思わなかった」
〝嫌いならそう言いなさいよ!!〟
裸のままペンを走らせメモ帳を見せつける。
「一晩、愛を囁き睦み合った男に言う台詞か?」
〝人をいたぶっておいて〟
「泣いても怒っても謝らない。それで通ると思うなら、お前はまだ子供だ。俺を嫌うなら離れれば良い」
美羽の顔が歪む。
〝卑怯者〟
「好きなだけ罵れ。俺はお前を愛している」
美羽は竜軌の首に思い切り噛みつき、歯を立てた。
たくましい首の皮膚に血が浮き出る。その上に涙が滴った。
「ほら。離れられない」
美羽はパ、と口を離した。唇は血に濡れている。
(竜軌に怪我させた―――――――)
怒りに我を忘れた自分の行為に狼狽え、どうすれば良いのか解らなくなった。
「終わりか?お前も案外、他愛ないな」
美羽は顔の次に眉を歪めた。
竜軌はわざと美羽を挑発し、傷つけさせようとしている。
少女の気が済むまで報復に付き合うつもりだ。
(でも心のままにそれをしたら、私は絶対にあとで後悔するわ)
傷つけて自分が味わった恥辱を思い知らせてやりたい。
傷つけたくない。竜軌から流れる血を見たくない。
心が割れて、美羽は顔を両手で覆った。嗚咽を洩らしながら泣いた。
(苦しい。どうして竜軌は私を苦しめるの)
単純に、愛する男であってくれないのか。
竜軌は観察するように泣く美羽を見たあと、尋ねた。
「俺が嫌いか、美羽?」
美羽は頷いた。
「俺が好きか、美羽?」
美羽は頷いた。
〝殺せるものなら殺したいくらい愛してる〟
竜軌は目を細めて笑った。
(お前になら良いよ)




