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不文律と笑顔

不文律と笑顔


 離れるのは怖い。死んでしまう。

 そう思うのは本当なのだ。

 だから美羽は真っ赤な顔をしてでも竜軌の入浴について行く。

 大きな背中を必死で追う。

 裸は恥ずかしいのでバスタオルを巻いて浴室に入ると、竜軌はつまらなそうな顔をする。

「今更じゃないのか?」

 呆れたように言われても、首を横に振る。

 恥じらいに今更も何もない。

「良いけど。身体洗う時はどうするんだ。…横を向け?…解った。髪は俺が洗ってやる。お前の髪の毛を洗うのは好きだ。代わりにお前、俺の髪を洗え」

 一時も離れられないというのはこんなにも立場が弱い。

(…生まれ変わったら竜軌になりたい……)

 檜の香りの中で湯に浸かりながら、そんなことを考える。

 竜軌と背中を密着させている。

(竜軌の背中は、ベルリンの壁とか、万里の長城とかより、広くて大きい気がする。大好き)

「美羽。鍋はどうだった。美味かったか?」

 後ろから訊かれて頷くと湯が波打つ。

 すっぽんは初めて食べたが、想像よりあっさりして臭みも無く、出汁が効いていてとても美味しかった。茸類の旬の味も、くたくたになった葱の触感も楽しんだ。雑炊も二杯、お代わりした。バスタオルを巻いた理由の一つは、満腹になって膨れたお腹を竜軌に見られたくないことだった。

「たくさん喰ったな」

 頷く。

「元気が出たか?」

 頷く。

「そいつは結構。すっぽん鍋は美容にも良い、精もつく」

 どうしてだか竜軌の声が怖い。

(肉食獣みたい。チョークを食べた狼みたい)

 童話に出て来る狼は、子山羊を食べたくてチョークを食べた。

 声を良くして相手を油断させる為に。

(竜軌も、何か食べたい?)

 のぼせかけた頭は上手く働かない。

「美羽。もう坊丸と、訳の解らん宇宙語コンタクトするな。次にしたら俺はあいつを殺すから」

 響きの良い美声が穏やかに後ろから語りかける。

 聞き間違えただろうか。

(竜軌が、坊丸を殺すだなんて)

 美羽が背後を振り向くと、黒い瞳とかち合った。

「ん?何を不思議そうな顔をしている」

 笑っている。温かに立ち上る湯気の中。

 やはり聞き間違えだ。

 竜軌が優しげに続ける。

「あいつは忠実で優秀だが、仕方ないな。俺から少しでもお前の目を逸らさせる男を生かしておく訳にはいかない。美羽。お前は爪の一枚、髪の一本、全て余さず俺だけの女だ。今夜は多少、乱暴になるかもしれんが。愛しているよ」

「りゅうき、」

「どうした、俺から離れられないのだろう?」

 頷く。それは絶対的な真実だ。

「俺もだ、美羽。お前にぞっこんだから」

 笑っている。

 だが聞き間違いではない。美羽が思い違いをしていたのだ。

 大きくて美しい竜は、美羽の願う通り、美羽に狂っている。

 世界よりも美羽が大事で、邪魔になる存在は徹底して排除する。

(媚薬の必要なんて、なかった)

 チョコレートコスモスのひとひらなど余計だったのだ。

 美羽は恐怖に戦慄し幸福に震えた。

 愛とはかくも恐ろしい。



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