大気圏内
大気圏内
兄と妹。
そう言われれば見える。
言われなければ見えない。
(空気はよく似ている。優しくて、お人好しな気質も)
ベランダに通じるガラス戸の外を見ながら荒太は思った。
愛する女性に似た男は彼女を命懸けで愛している。
真白を向いていた剣護の顔が動き、緑の瞳が荒太を見る。
視線が対峙した。
同情。嫌悪。憎しみ。同じ女性を愛した仲間意識もそこにはあっただろうか。
カラリとガラス戸を滑らせると冷えた空気が室内に入り込んだ。
「不法侵入ですか。剣護先輩」
「荒太君、違う、」
荒太は真白の身を自分に引き寄せ、紺色のカーディガンを乱暴に放った。
剣護が受け取る。それを見届ける前に、荒太は真白の唇を奪った。
離れられないように、もがく真白の両手首を固定して。
晩秋の風が過ぎ行く。
剣護は顔を歪めて見ていた。
「もう良いだろう。荒太!」
耐えられないような叫びが響き、やっと荒太は口を離した。
「俺を殴れば済む話だろうが。真白をそんな風に扱うな」
「兄だろうが従兄弟だろうが。夫婦の問題に口を挟むな」
真白の身体が震え始めているのを荒太は感じた。
左手に掴んだままだった臥龍を、剣護は闇に帰した。下りは手ぶらなほうが良い。
「帰る。これでそいつに風邪ひかせたらお前、殴る。旦那だろうがな」
ベランダの手摺りを剣護が跨ぐ。
荒太は真白の肩を抱いてリビングに入った。
病弱な妻を、寒風に晒し過ぎたと悔いていた。
「――――――…ごめん。真白さん。ごめん…」
肩に額を押し付けて許しを乞い、冷えた身体を抱き締める。
「荒太君は何も悪くない。悲しい顔しないで」
「…ごめん…」
「器用そうで、本当は不器用だから。損するね、荒太君…」
真白は笑って荒太の頭を抱いた。
「明日、お弁当作って?森林公園に行きたい。私、紅茶淹れて持って行くわ」
「………うん」
「デートだから、お洒落したい。荒太君、お洋服、選んでくれる?」
「……うん、うん…」




