真実の鏡
真実の鏡
〝きらいにならないできらいにならないで〟
「りゅうき」
「日本語が解らん女だな。愛してると言っている」
〝よごれてるっておもわないで〟
「…りゅうき、」
「美羽は最も美しいと白雪姫の鏡も答えるよ。ストーリー設定が狂うが仕方がないな。それが事実だから。お前は、美しい」
くすぐるように竜軌の唇が美羽のこめかみと涙の溢れる目の下と唇をかすめる。
美羽が何度も瞬きしてその度、雫が落ちる。
落下する輝きを竜軌が舌を出して受け止め、美味のように喉を鳴らして飲み込む。
竜軌を酔わせる至上の酒だ。
「りゅうき」
〝だれもたすけてくれなかった どうして わたしきらわれてた?〟
「…自分を守る為、地位ある者の蛮行を見ない振りした…、人間の弱い側面が最悪の形で表出したのだろうが。俺はそいつらを皆殺しにしてやりたい。恐らくは気付いていながら些少のこととして放置した、お前の父親をも含め」
〝おとうさんはわたしのこときらいだったの〟
(それ以前の問題だ。そういう人間もいる。唾棄すべき人種が悪循環を生み出す。お前は考えなくて良い。俺が考える、そういう役割だ)
「幸せになるぞ、美羽」
美羽はかぶりを振るが竜軌の言葉を否定したい訳ではない。遣り場の無い感情で胸が一杯でその動作しか出来なかったのだ。
「俺は風呂に入る」
美羽が素早く反応し、縋る瞳を向ける。置いて行かれることを彼女は恐れた。
(やっぱり私が、汚れてるから、嫌になった?)
だが竜軌は美羽を膝に座らせたまま言う。
「一緒においで、美羽。身体に無理がないなら」
優しい声に安心するが、それはしてはいけないことだと美羽は感じた。
「りゅうき」
〝だめ、わたしよごれてるから、あなたまでよごしてしまう〟
「一緒においで。髪も身体も俺が洗ってやろう。どうせお前は、汚れてないけど」
〝よごれてるわ、きれいなりゅうきをよごしたくない、りゅうきはとってもきれいなだいすきなわたしのりゅうきだからよごしたくない〟
「……なあ、美羽。こんな時、お前が愛し過ぎてな。愛し過ぎて、どうしたものかとこの俺が途方に暮れる。続きは湯船の中にしよう。温かい湯に浸かり、涙を落として溶かし込んでしまえ。お前の涙が入った湯なら美容にも良いだろう、何せ俺を酔わせるほどだ」
切ない目で竜軌が笑った。
こんな時、美羽は竜軌が愛し過ぎて途方に暮れてしまうのだ。




