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スイートチョコ

スイートチョコ


 竜軌は、背後霊にとり憑かれた気分だった。

 始末に負えないことに彼はその背後霊を愛していた。

 病床にいる間も、美羽は竜軌が離れようとすると大騒ぎした。

 大騒ぎとは言っても口に出来る言葉は「りゅうき」だけなので、それを叫びながら手足をジタバタ動かして子供のように「行かないで」というポーズを取るだけではあるが。

「美羽、暴れるな、健康になれんぞ。…愛し合えなくても良いのか?」

 そう言うとひとまずは鎮まる。

 しかし竜軌が立ち上がり、歩いて部屋を出ようとすると、布団から大急ぎで離れて彼の脚にしがみつく。ついて来て良いと言われるまで離れない。

 トイレの入り口までついて来て、竜軌が出て来るのを待っている。

 竜軌はもう諦観の境地に至りつつあった。

「美羽、せめてもっと厚着しなさい」

 当分は着替えに戻れそうにもないと思い、自分の部屋から衣服を持ち出し胡蝶の間に戻ると、美羽には浴衣の上から改めて色々重ね着させて、竜軌自身は浴衣から着替えた。美羽の見ている前だが竜軌は気にしないし美羽も気にしない。今更である。

 竜軌が着替え終ると早速、美羽は、ぴと、とくっついて来る。

(…かるがもの雛みたい。美羽がやると可愛いな)

 そんな風にしか出来ない彼女を哀れとも思った。

「美羽。どうして泣かない」

 美羽の身体が揺れる。

「お前が離れないのは、怖いからだよな?」

 美羽の身体が強張る。

 身体を寄せていれば彼女の心情も解りやすい。

「……思い出して、俺から離れられなくなるくらい、怖かったんだろう。苦痛の凝りは、吐き出さなければお前の中で膿み続けるぞ。美羽。泣け。俺にはもう、何から何まで見せただろう。今更、泣き顔の一つくらい出し惜しみするな」

 竜軌が口を閉じれば部屋はしじまに満ちる。

 美羽は竜軌に促されても、まだ躊躇っていた。

(泣き始めたら、止まらなくなりそうなの。涙はきっと絶対、恐怖まで運んで来るから、涙を止めて、怖いのも凍らせてるの、竜軌。でもやっぱり怖くて、あなたから片時も離れたくない。あなただけが私を守れる人だから)

「美羽、口を開けて」

 唐突に言われ、つい口を開けると、何か放り込まれた。コロ、と転がる感触。

(甘い)

 チョコレートが口の中でとろける。

「美味いか?」

 訊かれて素直に頷く。

「そうだろう。蘭の奴、有名どころのをちゃんと買って来た。そういうところは優秀だ」

 他はちょっとあれなとこもあるけど、と呟く。

「美羽、俺も味見して良いか?」

 言葉の意味を理解するが、もうチョコレートはほとんど美羽の口中で溶けてしまった。

 解っているだろうに竜軌は美羽の頤をくいと掴んで口を大きく開ける。

 ほぼ美羽の口内の皮膚と一体化したチョコレートを竜軌が舐めた。隅々まで舐め取られたので、美羽の舌からはチョコレートの味が消えたくらいに感じる。甘い香りだけがまだ、余韻として鼻に残っている。

 二重の甘さを味わった竜の目が満足げに細まる。

「うん、甘いな」

 唇を離した竜軌が笑う。

(竜軌。竜軌、助けて)

「ほらお前、いい加減、泣けよ。ほっぺたつつくぞ」

 言いながら既に美羽の頬を指先で突っついている。

(怖いよ。竜軌)

「泣いて良いよ、美羽。怖かったらしがみついてろ。お前を守る為なら俺は何でもするって、もう知ってるだろう」

 美羽がこくこくと頷く。頷きながら涙がこぼれた。

 光るそれが綺麗だと竜軌は思う。美羽から生まれる全ては美しい。

「りゅうき」

「うん、愛してるぞ。美羽」

「りゅうき」

「うん」

 竜軌の胸に取り縋り、美羽は泣いた。



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