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微笑

微笑


 愛する女の大事に右往左往し、何も出来ない無力な男は愚かだと考えていた。莫迦だと蔑んでいた。そんな男には最初から、愛する資格など無いのだ。

 その無力で莫迦で愛する資格が無い男に今、竜軌はなっている。

 ジュースを吐いたあと、美羽は高熱を出した。以来、意識はずっと不明瞭だ。

 医者を呼び、薬を飲ませても熱が下がらない。

 竜軌は美羽を清潔な布団に横たえ、手を握っていることしか出来なかった。

 日が暮れても美羽の熱は高いままだ。

 マチが作ったお粥も冷めてしまった。それを見たマチは、また時間をおいて新しく作り直すと言って、粥の入った土鍋を持って部屋から出て行った。

 彼女のほうが竜軌より余程、気丈だ。肝が据わっている。

(美羽。美羽。俺が無理をさせたのか。歯止めが掛けられなかった俺を、許すお前に甘えた。お前は根が優しいから。俺が本気で望めばつっぱねられないから)

 負担に耐えられず身体が悲鳴を上げたのだ。

 四十度を示した体温計を見て、竜軌は背筋が冷えた。

 もしもこのまま、と。

「美羽」

 苦しむ顔を見ても名を呼ぶことしか出来ない。自分への殺意でどうにかなりそうだ。

 熱で赤く熟したような唇を見て、貪りたくなる自分を殺してやりたい。

「美羽」

(薬師如来。花守。奴らは力はあるが融通は利かない。天の摂理に沿ってしか動こうとしない)

 天は美羽を助けない。

 帰蝶を助けなかったのと同じように。

「りゅうき」

 弱々しい声にハッと目を向ける。

 美羽が竜軌を見ていた。

 唇がようよう動くのを竜軌は読み取った。

「――――――泣いていない、美羽。お前は、以前にも俺にそう言ったが、あの時も今も俺は泣いてなどいない。なぜ自分が苦しい時に俺に泣くなと言うっ。なぜ自分のことだけを考えないっ、俺を泣かせたくないならお前が泣くな苦しむな一生笑っていろ!俺を我が儘で困らせ続ければ良いだろう、そんなふてぶてしい女はお前くらいだ。…美羽」

 声調は段々弱くなっていった。

「美羽。愛している。何がして欲しい。何が欲しい?……望みは何でも叶えてやる。何でも許してやる。義龍を許せと言うならそうする。お前を失っては元も子もない」

「りゅうき」

 美羽が宥めるようなタイミングでまた呼ぶ。竜軌が握っていたのとは逆の右手が伸びるのを見て、竜軌は美羽に身体を寄せた。

 美羽の唇が動く。

「りゅうき、」

 欲しいと。

 照れたように微笑し、美羽は再び目を閉じた。



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