地底から来るもの
地底から来るもの
当たり前の顔で当たり前だと言ってくれる竜軌が嬉しかった。
美羽は自分の座る下の布団を見る。
「りゅうき…」
〝お布団に〟
それ以上書けずにいると、察した竜軌が頷く。
「血は気にするな。恥ずかしいなら俺が知られないようにシーツを洗っておく」
はっきり口に出されると猶更、恥ずかしくなり、竜軌の浴衣にしがみつく。
〝汚してごめんなさい〟
「謝るんじゃない。俺のせいなんだから。痛い思いをさせたな」
竜軌が叱るように言うが、声は優しい。最後は詫びる響きだった。美羽はやはり恥ずかしかった。
竜軌は美羽の長い黒髪を指で梳きながら続ける。
「美羽。喉は乾いていないか。腹は減っていないか?きついようならまだ横になっていろ」
〝のどが〟
「解った。何が飲みたい?」
〝オレンジジュース〟
子供っぽいと笑われそうで怖かったが竜軌は笑わない。真面目な声で応じる。
「うん。それで良いか?林檎も葡萄もあるぞ?」
葡萄、と聴いて心が動く。葡萄ジュースは高いというイメージがあるが、晩秋の今、飲みたくなった。甘えても良いだろうか。甘えたい。
(私は竜軌の特別、だもの)
〝じゃあ、ぶどうジュース〟
「ちょっと待ってろ」
竜軌の熱が背中から離れようとする。
(いや!)
咄嗟に後ろの布にしがみつくと、浴衣とカーディガンが肩から落ちた。
「…美羽。風邪をひく」
諭すように言われても、美羽は大きくかぶりを振った。
(いや)
竜が離れたら美羽の呼吸が止まる。間違いないと美羽は妄信していた。
「りゅうき!りゅうきっ、」
「解った」
竜軌は裸の美羽をひょいと抱き上げて落ちていた衣類を被せた。
そのまま、様々なガラス瓶や魔法瓶、ティーコゼが被せてあるポット、果物にお菓子類などが並ぶ蘇芳色のテーブルまで歩くと膝を折る。テーブルの横には大きな青磁の花瓶も置いてあり、菊やコスモス、薔薇の大輪が鮮やかだが、むせるような芳香はしない。それを確認した竜軌は優秀な臣下を持ったと思う。美羽が喜び、笑ってくれれば上々だとも。
「腕を放すぞ」
液体がグラスに注がれる音がする。竜軌の胸に顔を伏せた美羽には見えない。
「美羽。ほら」
促され、顔を空気の多いほうに向けると、グラスになみなみと注がれた葡萄ジュースが差し出されていた。
そろりと伸ばす美羽の手が震えているのを竜軌は危ぶんだ。
グラスに触れた手は、けれど震えるばかりで掴めない。握力が上手く入らないのだ。
口元にグラスをあてがってやるとガチガチと音が鳴る。
(…震えている)
薄いガラスを噛んで、唇や口の中を切ってしまいはしないだろうか。
一種のパニック状態かもしれないと竜軌は判断した。初めての少女を相手に、過激にし過ぎたのだと悔やんだ。
(これだから男は愚かと言われるんだな)
「美羽。すまなかった」
もう一度謝り、葡萄ジュースを呷ると美羽の唇に運ぶ。柔らかかろうが甘かろうが、欲情は徹底して封じ込めた。
しばらく揺れていた美羽の口元は、やがて液体を受け容れて飲み込んだ。
数回竜軌が同じ動作を繰り返す内に、美羽は落ち着いて喉を鳴らし、飲めるようになった。
唇から洩れ出た紫色の雫が美羽の白い喉を伝い落ちる。




