溶けていない
溶けていない
浴衣と白いロングカーディガンを肩から二重に肌にかけられ、美羽は脱力してぐったりと竜軌にもたれていた。全身の体重を彼に預けている。岸壁のような竜軌の強固さには安心して委ねられる。
赤い痣が散る白肌の前面を空気に晒して、両脚を外側に折り曲げて座る在り様はいかにも気怠くしどけなく、妖艶とも取れる色気があったが、竜軌は自制した。
これ以上は美羽が保たないだろう。
「…すまなかった」
竜軌の謝罪に、美羽はゆっくり首を横に動かす。黒髪が滑り落ちるのを竜軌の目が追った。前を向いたまま、美羽が後ろの竜軌の頬を左手を伸ばして探ると、上から竜軌の手が被さり、彼の頬に押し付けられる。少しざらりとした感触は髭かもしれない。
今は朝だろうか昼だろうか夕方、それとも夜だろうか。
頭が茫洋として時間の感覚が解らない。ただ竜軌の温もりを背中に感じているとホッとする。手の指を動かしてみる。末端までまだ、感覚がある。
(身体、溶けるかと思ったけど、溶けてない。失くすかと思ったけど、まだ手も足もある。私は、竜軌になってしまうかと思ったけど、なっていない。私は私のまんま)
何だか悲しい。どうしてだろう。
当たり前のことに、ひどくがっかりしている自分がいる。
こんなことで子供のように泣いたら、きっと竜軌を困らせるだろう。
竜軌は自分が悪くないのに謝るのだろう。
筋が通らない滅茶苦茶な理屈に付き合ってくれる。
(竜軌になりたかったわ。竜軌の一部分になってしまいたかったのに。それか、竜軌が私に。私の中に入って、ずうっと一緒に…)
美羽の意識はまだ夢と現のあわいを彷徨っている。
「りゅうき…」
「ん?」
竜軌は美羽の手にメモ帳とペンを持たせる。
〝大丈夫だった?〟
「何が」
こっちのほうが訊きたいと思いながら竜軌が尋ねる。
〝がっかりとか、つまらないとか、物足りないとか、〟
「美羽」
書き続けようとした美羽の手元を覗き込んでいた竜軌が声を出してとどめる。
「怒るぞ。俺はお前に溺れて夢中だったよ。そうでなければああまでしつこく抱き続ける訳がないだろう。――――――本音を言えばまだ欲しいけど我慢してる」
美羽が赤面して俯く。
〝私の旦那さんになってくれるの〟
「もう旦那さんだろう。書類手続き上でもそうする。当たり前だ」




