無音の声
無音の声
竜軌は、美羽が知る限り一番強くて一番男性らしい人だ。
そんな彼が再三、美羽を抱きたいと言いながらそれを実行しないのは、思い遣ってくれているからだ。大人だからだ。
浴衣から出た美羽の肩を大きな手で竜軌が包むのは、自然な流れなのだろう。腰の後ろに、竜軌のもう片方の手が回るのは。
それでも美羽の胸は早鐘のようだった。
「りゅうき、りゅうき」
怖くてつい名前を呼ぶ。
「……駄目か?美羽」
尋ねる声は弱り果てていた。
蜜を求める蝶のように、この人は本当に私が欲しいのだと美羽は思った。
(でも竜軌、私は、だってあなたの敵の、妹で、力丸は、目を失くして、私は、私は、)
竜軌を愛しているけれど。
「美羽。怖がるな。嫌ならやめるから」
本当に?と美羽は疑う。
本気になった男性が、途中で自分を抑えるなど出来るのだろうか。
駆け引きではない本音だろうか。
窺い見た竜軌の目は曇りなく澄んでいて、美羽は自分の疑心を恥じた。
訊きたいことも不安もまだたくさんあった。
「りゅうき、…い…て……、…」
「美羽?無理をするな、」
「……て、…………、…い…」
言葉が出なくて悔しくて涙が代わりに出る。
「――――――美羽。落ち着いて、深呼吸しろ。金木犀の香りを思い出せ。俺は逃げないから焦らなくて良い」
言われた通り、震える息を吸って吐き、吸って吐く。ぽろぽろ、とまた涙が落ちるのを竜軌の唇が上から吸う。
「りゅうき、」
情けない。もどかしい。
「……っ…、」
涙ばかりが溢れて自分が嫌になるのに、竜軌は宥めるように美羽の髪を撫でてくれる。




