兄と妹
兄と妹
真白が胡蝶の間に入ったのは、まさに犯行が行われようとしている最中だった。
「何をしてるんですか、先輩」
ペンを握った竜軌が振り返る。昼前になるのに、まだ浴衣姿だ。胡蝶の間には弱い暖房が入れてあるが、寒くないのかしらと真白は思う。
「見て解らんか。仕返しの仕返しの仕返しだ」
呆れ返った顔で真白が歩み寄る。
「解るから訊いてるんです。報復からは何も生まれませんよ。ああ、もう、女の子の顔に渦巻きなんか書いて。おでこには…、鳥獣戯画の兎ですか?先輩、美術工芸、得意ですよね」
眠る美羽の顔を見た真白が嘆きながらも感心する。
「鼻毛は書かなかった。女だしな。俺はこいつと違って分別があるから」
「どこがですか。…美羽さん、本当に起きたんですよね?」
「ああ。ウィスキーボンボン喰って、酔っ払って寝てるだけだ」
「良かった」
そう言いながら、真白が先程から、ちら、ちら、と視線を投げている物を竜軌も眺める。
「お前のような女に蛇の抜け殻は気に入らんだろうが。ランスロットからマダム・バタフライへの献上品だ。大目に見ろ」
「……いえ。少し分けていただくのは無理かしらと思いまして。とっても大きいし」
「………」
「だって先輩、蛇の抜け殻って、金運を呼ぶって言うでしょう?きっと荒太君も喜ぶと思うんです。お財布に入れたら金運アップ、なんちゃって。私がもっと健康になったら、夫婦で海外旅行、憧れるなあなんて思いまして」
えへ、と笑う真白に竜軌が白けた目を向ける。
「お前がホワイト・レディだということを忘れていた」
真白が表情を改めた。
「…力丸のこと、美羽さんに話しました?」
「――――――まだだ。あいつはきっと、泣くだろうから。あんまり、見たくなくてな」
「そうでしょうけど。先輩が話してあげなくては。辛い話は、最も愛する人から聴かされるほうが心慰められます。泣けば受け止めてもらえますから」
「道理だな。お前にとっては荒太か」
「はい」
「では門倉剣護は?」
焦げ茶色の瞳が竜軌を見る。花びらのような唇が動いた。
「……大好きな兄様です」
「ふうん」
苛めてしまった、と竜軌は後悔した。




