表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/663

はるかなる昔日

はるかなる昔日


〝父上、兎の子を捕らえましてございます!父上に差し上げまする〟

 濡れ縁に立つ父に庭先からそう言うと、父は不快そうに顔を歪めた。

〝…お主には、情けが無いのか。豊太丸(ほうたまる)

 言い捨て、障子戸の向こうに消える。

 豊太丸の心は冷めて、硬く重く沈んだ。

 もこもこと、両手の中で動く命の塊を憎み、お前のせいだと胸中で詰る。

 そんな道理は無いことなど、自分が一番よく知っていた。

 親に愛されぬ子は悲しい。

 豊太丸は己の悲しさを知っていたが、ではどうすれば良いのかまでは判らなかった。

 動かない自分の上衣の裾が、くん、と引かれる。

〝兄上。それ〟

 愛らしい顔が豊太丸の手の中を覗き込んでいる。

〝…兎の子だ。そなたが飼うか?〟

 大きな目をした妹はかぶりを振った。

〝飼わぬ。厨に持って行き、食べましょうぞ〟

 幼い女の童の言葉に豊太丸は驚く。

 大抵、この年頃の女の童は、稚く愛らしい物を撫でるなどして喜ぶ。

 大人が食べようなどと言い出せば、目に涙を溜めて可哀そうと止めるのが常ではないのか。

〝……哀れとは思わんのか〟

〝なぜ?捕らえた獣を喰らうは、人の礼儀。兎の子とて同じです〟

〝――――――そなたは賢いなあ、帰蝶〟

〝うん。それにな、兎はその昔、室町将軍が美味なる物として、親王様にも贈られたそうです。親王の召された美味、私は、いたく興をそそられまする〟

〝物もよう知っておる。帰蝶は賢く、長ずれば美姫となろうな〟

〝左様あいなりまする。兄上も、帰蝶のような美姫を娶られませ〟

〝そう致そうか。さても難題であるな〟

 胸の内がちり、と痛み、変だなとその時思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ