仕返しの仕返しの仕返しの
仕返しの仕返しの仕返しの
「お待たせ致しました…。おや、美羽様はどちらに?」
きょろきょろと頭を振る蘭に、竜軌が黙って部屋の隅っこを指差す。浴衣姿から洋服に着替えた美羽が俯せになり、胎児のように身体を丸めていた。背中がぶるぶると震えている。
「ああ、お召替えされたのですね。美羽様はシックから華やかな物までよくお似合いです」
黒いワンピースに、グレーのカーディガンを重ねているのだろうと推測される装いを、蘭が褒める。しかし美羽は縮こまったままだ。
「……竜軌様。美羽様は、いかがされたのですか?」
「さあ。俺の愛情が伝わらなかったのかもしれん。だとしたら悲しいことだな」
竜軌は憂いある表情で抜け抜けとそう言い、溜め息を落として見せた。
ピ、と畳の上を滑り、メモ帳の一枚が蘭の膝に届く。
〝蘭。私はもう、お嫁に行けない〟
「な、何ゆえそのようなことを仰せられます!」
「そうだぞ、美羽。俺が嫁に貰ってやるから安心しろ」
狼狽える蘭の言葉に、メモ紙を覗いた竜軌が猫撫で声で続ける。
ピ、とメモ帳の紙がまた届く。
〝竜軌が、私をキズものに〟
華やかな美貌が目を丸く大きくし、再び紙を覗き込んでいた竜軌を見る。
「な、な、う、上様、コーヒーとウィスキーボンボンを私がお持ちする短時間に、そのような御無体を、御方様に―――――――…!?それは、天下に覇を唱える方の行いとしては、相応しからぬことと愚考致しますぞ…っ」
「してないし。覇も唱えてない。蘭、お前、時々、今が平成の世だと忘れるだろう。あと愚考とか言うな。肩が凝るから」
(大袈裟な奴。美羽も美羽だ。ちょっと帯をむしり取って浴衣を引っぺがして、下着の上からワンピースを被せただけで騒ぎおって。何が疵物だ。…しかしあいつ、ホテルで見た時も思ったが、身体つきが悪くない。出るところが出ている。喰う割に贅肉はついてないし。ビキニとか似合うだろうな。うん。初夜が楽しみだ。…いつになるかしれんが)
伏し目がちにコーヒーを啜る、精悍に整った顔立ちの主君が何を考えているか、幸いなことに蘭は窺い知ることが出来ない。
「おーい、美羽。蘭が作ってくれたフレンチトーストが冷めるぞ?これは熱い内が一番美味いと思うがな」
竜軌の声に、部屋の隅の小山がピクリと反応する。
そのまま、ずり、ずり、と畳を這いずって蘇芳のテーブルまで到着すると、美羽は上体を起こして顔を上げ、竜軌のコーヒーソーサーに乗っていた二つのウィスキーボンボンをむんずと掴んで自分の口の中にぽい、と放り込んだ。
むっしゃむっしゃむっしゃとほっぺたを大きく動かしながら咀嚼する少女を、男二人は見ていた。
「―――――――この女あ、!!」
我に返った竜軌が怒鳴る。
「上様、落ち着かれませっ。微笑ましいいたずらでございます!」
「どこがだ、放せ、蘭!!」
美羽は怒れる竜軌やそれを必死に宥めようとする蘭を置いて、熱々のフレンチトーストを頬張り、カフェオレを飲み、フルーツヨーグルトを食べ、それから妙に上機嫌になり、マダム・バタフライが目覚めたと聞いてホワイト・レディが「遊びましょ」と誘いに来るころには再び眠りこけて、その顔に竜軌が落書きをしていた。




