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魔王が笑う

魔王が笑う


 起き抜けから広大な邸の中を駆け巡った竜軌と美羽は、空きっ腹を抱えて胡蝶の間に戻った。竜軌は蘭が朝食を運んで来る前に顔に書かれた文字を水で洗い落とし、主君としての威厳を保つことに成功した。蘭は騒動の顛末を知っていたが、知らない振りを通した。すぐ下の弟の坊丸が聞き流す、本音を言わない、などの業を身に着けているとすれば、蘭は主君の恥に対して「知らんぷり」する術に長けていた。主にその術は、帰蝶や美羽に関する時に多く発揮された。

 蘭は給仕をしながら横目でまだ敷かれたままの美羽の布団の周囲を取り巻く品々に目を遣り、いつまであのままにしておくのだろう、と考えていた。特に大きな蛇の抜け殻は、胡蝶の間の優美な景観を著しく損なっているように蘭の目には映る。

「蘭、コーヒー。濃い目で」

「はい」

「りゅうき、」

 これは美羽が蘭、と呼んだつもりである。

〝まだ足りないから、フレンチトーストが食べたいわ〟

「はい、それならば私でも作れますので、少々、お待ちを」

「ああ、コーヒーにはウィスキーボンボンも添えてくれ。二つな」

「はい、」

「りゅうき、」

〝カフェオレと、フルーツヨーグルトも食べたい〟

「畏まりました」

 甘え放題の竜軌たちに従順に頷くと、蘭は二人が平らげた朝食の食器が載った盆を引き、お辞儀をすると胡蝶の間から出て行った。

「りゅうき…」

〝蘭に甘え過ぎ。よくないわ〟

「お前に言われたくない。あれが昔からあいつの仕事なんだ。大体、蘭や親父を俺の名前で呼ぶな」

〝竜軌しかまだ呼べないから〟

「…まあな。それ自体はそう、悪いことではない。美羽、蘭が戻る前に着替えたらどうだ?いつまで浴衣姿でいるつもりだ。本当に風邪をひくぞ」

〝人のこと、言えない癖に。じゃあ、着替えるから出てってよ〟

 竜軌がにっこりと笑う。

「手伝ってやろう」

 竜軌のこういう笑顔は魔王の笑顔に等しい、と美羽は認識している。

 怯えながらもペンを走らせた。

〝トチ狂ったか、ノータリン〟

「いや、極めて正常だ。苦労に苦労を重ねて自分を連れ戻しに来た男の顔に、落書きするどこかの莫迦娘と違って」

 根に持っている。

(みみっちい、みみっちいわよ、竜軌!)

 ちょっとした可愛らしい出来心からした愛情表現を、いつまで引き摺るのか。

「りゅうき!」

「うん、解った。手伝ってやる」

 魔王が笑う。



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