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そして青空

そして青空


 途中の時間を短縮したように、螺旋階段の終りは意外に早かった。無様な格好は晒さずに済みそうだ。

(…甘い匂いがする。これは)

 金木犀だ。

 金木犀の小花の山に、小さなマダム・バタフライが埋もれて眠っている。

 これが美羽の安らぎの終息地かと竜軌は納得する。

 青いスモックにオレンジ色の短パン、黄色い帽子は、もしかすると彼女の過去の保育園だか幼稚園だかの制服だったのだろうか。まだ今生で、地獄を見るよりも前。

 くうくう、と竜軌の見る前で寝ていたマダム・バタフライは、唐突に目を覚ました。

 パ、と立ち上がり、竜軌を睨む。

「おのれ、ねこみをおそうとはひきょうなりっ」

 この言い分に竜気は呆れた。

「お前が勝手に寝こけてたんだろうが。俺の苦労も知らず」

「うるさい、あんたりをん、そくめつそく、びらりやびらり、そくめつめい、ざんざんきめい、ざんきせい、ざんだりひをん、しかんしきじん、あたらうん、をんぜそ、ざんざんびらり、あうん、ぜつめい、そくぜつ、うん、ざんざんだり、ざんだりはん!」

 マダム・バタフライは一生懸命、長い長い咒言を唱え、一回、両手を打った。

 小さな、稚い肩が上下している。

 竜軌は、この幼いラスボスが可哀そうになって来た。

 彼女はこれまで夢の中で遭遇した誰より、無力に見えた。

「…それは何の呪文だ?」

「ひとを、そくざにきぜつさせる、おまじないよ。おんみょうじにおそわったのに、どうしておじさんには、きかないのよ。…としだから?」

 マダム・バタフライの大きな瞳が潤んでいく。

 知っていれば気絶する振りくらいしてやっても竜軌は良かった。よく暗記したものだとも思う。

「人が哀れを誘われようとしている時に、余計な一言を付け加えるんじゃない。それは多分、陰陽師とか、修行を積んだ術者にしか出来ない業なんだろう。お前は、そのどれでもないだろう?」

 竜軌が屈んでマダム・バタフライに目線を合わせて語りかけると、彼女は悔しそうに頷いた。

「…うん」

「なあ、マダム・バタフライ」

「なあに、おじさん。ねえ、このあかいの、ひっぱってもいい?」

 危険を察知した竜軌が赤いエクステを押さえる。

「ダメだ。―――――俺と帰らないか」

「どこに?」

「もう良いだろう、美羽。俺はお前を待ちくたびれたよ」

「おじさんは、わたしをころそうとしない?おとうさんみたいに」

 澄んだまなこの問いかけに、咄嗟に言葉が出なかった。

「……しない。だが考えない訳でもなかった。俺が莫迦だったから」

「…おじさんは、おじさんは、わたしをおさえつけない?」

「しないよ。逆の可能性はあるな」

「あのね、りゅうき、」

「うん」

「おにいさんが、いたきがするの」

「ああ」

「おにいさん、好きだったけど、どうしてだか、怖いって思うの」

「そうか」

「お兄さんのこと、普通に好きだった自分も本当で、怖いって思う自分も本当で、竜軌は多分、その理由を全部知ってて、お兄さんを敵だと思ってるから、…私のことも、敵だと思うかと、怖くて。自分のこともどうしてだか気持ち悪くて」

 羽化したように、美羽はいつもの姿に戻り、浴衣を着て涙をぼろぼろ落としていた。

「敵だと思いかけたが、間違いだった。美羽は俺の敵にならない」

「竜軌が、いなくなっちゃうって思うと、私を嫌いになるって思うと、青空が消えたみたいで、青空が、どう頑張ってもどう頑張っても見えなくなったみたいで、どこにも行けなくなっちゃった、困らせて、ごめんなさい…」

 頭打ちで、思考するほどに追い詰められ、意識を手放して美羽は自分を守ろうとした。

 しゃくり上げながら泣く少女を竜軌は抱き締めた。

 秋月で別れた夜から、やっと美羽に繋がった気がした。

 螺旋階段の果てに風が吹いた。

 青空が見える。



前述、『日本呪術全書』より引用。

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