蝶の一歩
蝶の一歩
鏡台に向って赤い布を払い、自分の顔を見る。
真白のように清楚な面立ちはそこにはない。
たおやかな美しさも。
どちらかと言えば鋭利な、きつい気性が如実に表れた顔。
自分でも優しくなさそうだと思う。
フェミニストとは程遠い竜軌だが、真白には最初から気を許しているように見えた。
彼女には夫がいるが、もしかしたら竜軌は、自分を口実に真白と関わりを持ちたがっているのだろうかと疑ったこともある。
(なれるものなら。真白さんのような女性に、私もなりたかった)
無い物ねだりだということは、よく承知していた。
その日、竜軌は森林公園にいるだろうと教えられた。
雨が降りそうだったので、念の為に傘を二本、借りて家を出た。
一人で行きたくて、蘭の同行の申し出は断った。
竜軌に渡したい物があり、籠バッグを抱え、バスに揺られて公園に向かった。
停留所に降りたころには、もう、雫が数滴、美羽の頭を打ったので傘を差した。雨の日は筆談しにくくなるので、なるべく外出を避けていたが、今日は出かけたかった。
やがて本格的な降りになった。
途中、濡れた丸太の階段で滑って転んだ。黄緑のチュニックも茶色のズボンも汚れてしまった。
森林の中を歩いて二十分くらい経った時、ようやく竜軌を見つけた。
彼は黒いカメラを、猟銃のように濡れた樹木に向けて構えていた。集中しているのか美羽に気付かない。雨に打たれるのもお構いなし、という様子だ。
(竜軌)
しっかりした顎のラインから雫が落ちる。
獲物に狙いを定めた野生動物のように綺麗だった。




