隠者
隠者
竹林を歩いていると、滝の轟音が聴こえて来た。
だが竜軌はもうこの先に進みたくなかった。このまま大地に寝転がって、夢の中で眠りたい。二時間くらいそうしてエネルギーチャージしたい。昨日から肉食を絶っているせいか、夢の中だと言うのに空腹も感じていた。せめて栄養ドリンクが欲しい。
(順番からすりゃ、次は坊丸。で、ラスボスが美羽なんだろうが俺はもう疲れた)
すると金色の蝶が誘うように、竜軌の鼻先をふわりふわりと飛んで行った。
(――――――――追って来いと?)
でなければ逢えないわよ、とでも言っているのだろうか。
(我が儘娘め)
仕方なくのろのろと歩み続ける。
竹林の先には崖があった。その手前にも同じような断崖絶壁があり、そこを水が轟轟と流れ落ち、はるか下には水煙が立っているのが見える。大瀑布であった。
傍には草木が楚々と茂り風情がある。
美羽にこんな水墨画のような世界が思い描けたかと、竜軌は感心した。
手前の崖の先にはミスター・レインが、蛍光ピンクと蛍光イエローで彩色された文机に向かい正座していた。水墨画は見事だが、このあたりはやはり美羽色が強い。ミスター・レインは子供に似つかず静かな面立ちで、赤いルージュを動かして紙に何か丹念に書きつけている。
「おい、お前は戦わんのか、ミスター・レイン」
「せぞくのあらそいに、わたしはつかれたのだ。じゃまをしてくれるな」
目の前の男児の肩に、竜軌は両手を置いて共感を示したかった。
自分の心を代弁してくれているように思えた。見えている風景は成る程、いかにも世を捨てた隠者や僧侶が好みそうな場所だ。派手な色彩の文机とルージュは別だろうが。
「ルージュで何を書いているのだ?」
穏やかに問いかける。
「おきょうだ。しゃきょうをしているのだ。こころがやすらぐゆえな。るーじゅは、ははのものをはいしゃくした。しー、だぞ。ないしょにいたせよ」
「そうか、うん。内緒にしよう」
竜軌はしみじみと相槌を打った。
「なあ、ミスター・レイン。俺もここで休んで良いか?」
「ここは、くるものをこばまぬ。すきにせよ。これもみほとけのおみちびきだ」
あどけない男の子の声が諭すようにそう言う。
「ああ、助かる」
竜軌が六王を置いて安息の地に転がり、ゆっくり休憩しようとした時。
『いけませんよ、竜軌さん』
滝の轟音を上回る大音声がおっとりと響いた。




