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森家の男

森家の男


 入室を促す元気な声を今日も聴いて、坊丸は個室の戸を開けた。

「兄上、また来たのか、暇なんだなあっ!」

 兄の心を知らない弟がにこにことそう言うのを坊丸ははいはいと聞き流して、来客用の椅子に座る。

 聞き流す。

 力丸という弟を持って、坊丸が身に着けた業の一つである。窓の外に見える空が今日も青いなと思い、力丸の枕元に生温い視線を遣る。

「…おさるさんがまた増えたな」

「お、目敏いな。うん!おさるさんがまた増えたぞっ」

 力丸の枕元は、ナースたちから贈られたぬいぐるみで賑やかだ。

 ワニさん、クマさん、うさぎさん、わんわん、等々。

「しかしな、いただくのは良いのだが、なぜこうもおさるさんが多いのであろうな。俺はもっとこう、アクション満載、戦闘系のロボットなどのほうが好みなのだが。戦国武将のフィギュアとかだと、もっと良いのになあ」

 首をひねる力丸を前に、猿並みということだろうとは坊丸は言わない。

 本音を言わない。

 力丸という弟を持って、坊丸が身に着けた業の一つである。その為、たまに切れて本音をぶつけまくり、相手にびっくりされることがある。

「怪我人に戦闘系はな。ちょっとな」

「おう、成る程。さすがは兄上。発想の転換」

 転換はしていない。見当違いの称賛に、坊丸は咳払いして話題を変える。

「それよりお前、食事の度にご飯だとかメシが来たとか歓声を上げるのはやめなさい。清流が頻出するだろうが。私はさっきナースさんに、〝風人君の手品、すごいですねっ。あの日本刀、本物みたいだったわ〟と言われてしまったぞ。答えに困るだろう」

「お、うん…」

「無論、そこは私であるから、〝両親に反対されてもマジシャンになる道を諦め切れないようで〟とすかさず返しておいたが」

「さすがは兄上!―――――だが、そうか。両親は反対しているのか、」

「言葉のあやだ。嘘も方便だ」

「そうか。苦労をかけるなあ。どうも清流は食いしん坊でな、誰に似たんだかなあ」

 それはボケか?おめえだよとは坊丸は言わない。

「…此度の件は大兄上にも成利兄上が電話でご報告した。大兄上はお前の傷を見舞う言葉と共に〝力丸は森家の突然変異種だ〟とも仰せであったそうだぞ」

「何と!光栄な」

「うん。褒めてない」

「何と。あ、兄上、褒めてくれっ」

「ああお前は疲れるなあ。偉い偉い」

「話を聴けよおっ!」

 投げた風の坊丸に力丸が吠え立てる。

「頑張るから話して」

「会員勧誘に成功したぞ!」

 そう言って向日葵のような笑顔を咲かせた弟の声に、坊丸も愁眉を開いた。

「何と!もしや佳世どのか?」

「うんっ」

「偉い、でかしたなあ、ランスロット」

 傷に触らないよう弟の頭を撫でてやると、力丸はますます嬉しそうに笑った。

 莫迦な弟がとても可愛く思えるのはこんな瞬間である。

「特典として俺とデート出来る、但しスワンボートは御免だと伝えるとな、佳世の奴、怒り顔で恥じらうという高度なテクニックを見せつけおった!」

「ふんふん」

「――――それでだな」

 そこで力丸の勢いが落ちる。

「俺とのデートをほのめかせば釣られる娘も数多おろう、若い者はとかく外見重視で多少、頭の中身があれでもどうでも良いというのが多いから、と兄上が言っていたと話したら、」

「……話したのか」

 この大莫迦野郎それだからお前は頭の中身があれだと言うのだとは坊丸は言わない。

 坊丸の本音はどんどん溜まってその内、噴火する日を迎える。

「うん、話した。したら、お腹に佳代の拳が炸裂した」

「…ふうーん。負傷した頭部をちゃんと避けるあたり、見所があるなあ、佳世どのは」

「うん、だろう?何の彼の言って、心根の優しい娘なのだ。で、俺がゲホゴホと咳き込みながら、お前のコードネームはプチ・フラワーだと言うと、何とか機嫌が直った」

「プ、プチ・フラワーッ!お前がそんな洒落た名前を考え付くとは……」

 坊丸は本気で驚愕していた。

 弟はいつからそんなに機転の利くお利口さんになったのだろうと。

「前日、ナースにもらったお菓子の名前」

「ああ、ね。そんなところだよな」

 気抜けと安心で坊丸は息を吐いた。

「ところで兄上。マダム・バタフライはまだお目覚めでないのか」

 真剣な顔で訊いて来る力丸に、坊丸も真面目な顔で頷く。

「薬師如来様の御手によりもたらされた眠りゆえ、眠り続けられても体調を損なわれることはないそうなのだが。上様がやはりご心痛でな」

「当然だ!上様はマダム・バタフライを愛しておられるゆえっ」

 にかにかと力丸がなぜか自慢そうに笑う。

「うん。それでな、一計を案じられて」

「おお、何だ、一計とは?」

「眠りから覚めぬのであれば、こちらから出向くのみと」

「んんん?」

「美羽様の、夢をおとなうご所存らしい」

 力丸が威勢よく手で膝を打つ。

「妙案である!さすが、上様ならではの鋭い着眼点だ。して、どうやって?」

「―――――さあ?」

 兄弟はよく似た美貌を突き合わせて、両者、解答を思いつかないままに時が流れた。

「ああ、もう、まだるっこしいし退屈だし。早く帰って喰いたいだけ喰いたいぞ。探検団の現場復帰も早々にしたいし、その為にも隻眼なりの戦闘に慣れるべく鍛錬したいのだ、俺はぁっ」

 駄々っ子のように力丸がベッドの上でジタバタと手足を振り回した。

「前者については私も成利兄上も、お前を放し飼いにし過ぎたと反省している。後者については見上げた心意気だと褒めてやる。それでこそ森家の男。我らが弟だ」




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