腕の中に、君
腕の中に、君
宣伝広告の束を抱き締めた美羽を、竜軌は抱き締めていた。
これでも手放させようと懸命に努力はしたのだ。
だが竜軌がチラシを右上方に引っ張れば美羽の両手も右上方にぷらーんとついて来て、左上方に引っ張れば美羽の両手も左上方にぷらーんとついて来た。問答無用と蕪を地面から抜くようにチラシを引けば、美羽の身体もまた地中から引き抜かれる蕪のように、布団から出てズルズルと畳を這う。
パッと竜軌がチラシを放せば、シュルシュルと音を立てんばかりにチラシを掴んだ両手は美羽の胸元に戻る。
妖怪の一種みたいだと竜軌は思い、美羽とチラシを分断させることを諦めた。
「…お前、実は起きた上での嫌がらせとかじゃないよな」
念の為、そう問い質してみるが、安らかな寝息が返るばかりだ。
(そんな器用な女でもないしな)
しかしどうして宣伝広告の一番上が老人ホームなのだ、と脱力してしまう。
十代の若い身空で今から老後のことを考えている訳でもないだろう。
とにかく、博多の広告なら何でも良かったのだ。
(莫迦な奴。もし力丸とくっついてりゃ二重にバカップルの成立でさぞめでたかったろうな)
絶対にそんな事態は認めないし許す気も無いが、と思いながら想像してみる。
腕の中に美羽がいる。
美羽がいる。
「………」
温もりが帰って来たことで竜軌も息を吹き返した。
柔らかくて温かくてすぐにでも奪いたくなるけれど、今はこれだけで良い。
「美羽――――――」
意識の無い相手では腕の力加減を誤りそうで怖い。
「美羽。美羽。美羽。美羽」
声を出すことで力の調整を図るが、逆に想いが募る。
「美羽。俺も読んだぞ。『ユニコーンとレプラコーン』。……ちょっと悲しい物語だな。読むと元気が出たと言っていたが、お前はあれの、どこがお気に入りだったんだ。起きたら教えてくれないか。俺がお前を失ったと思って読んだ時は、書いてある詩に胸が抉られるようだった。お前と一緒にもう一度読んだなら、また違って感じられるんだろう。俺も、単純な男の一人だから。お前は俺に、明るいものをくれるから。なあ、起きてまた、俺の名前を呼んでくれ。…そう多くのことは望んでないだろう、美羽?」




