泡
泡
真白がくすくすと笑うので、美羽は身体を洗う手を止めて浴槽を振り向いた。
名前の通り、雪のように白い肌の真白が、湯の熱にほんのり上気して笑う様は、同性でも思わず見惚れてしまう。
〝何?〟
メモ帳の代わりに、湯気で曇った鏡に書く。
「さっきの新庄先輩の顔、面白かったわ」
美羽は基本的に人と一緒に入浴するのは好きではないが、真白とたまに風呂でお喋りしたりするのは楽しかった。邸に二つある大きな浴室の内、大理石の浴槽を主に二人は使っていた。今日も美羽が真白と浴室に向かい長い廊下を歩いていたところ、竜軌と荒太に出くわした。
今からお風呂なの、と真白が告げると、男二人は形容し難い表情になった。
更に、羨ましいですか先輩、と尋ねた真白に、竜軌は珍しく表情に不快を露わにした。
「私、新庄先輩に嫉妬されてしまったみたいね」
言いながら尚、湯煙の中で真白は笑い続ける。
美羽の目には、荒太が自分に向けた視線も、いつもより冷たく感じられた。
パシャン、と広い湯船を泳ぐように真白が動く。長い焦げ茶色が湯にたゆたう。
(腰、細い…。柳腰って言うのかしら。…人魚姫みたい)
けれど真白は泡にはならない。
(泡になって消えるのは、きっと私)
身体にお湯をかけながら排水溝に向かう幾つもの白い泡を見る。
「悲しいことを考えないでね、美羽さん」
焦げ茶の髪の人魚が、自分のほうが辛いように微笑みながら語りかける。
「あなたはきっと、幸せになれるわ。だから望むように生きてね。手伝うから」
人魚の声は優しく響いた。
美羽は涙を誤魔化す為にお湯で顔を洗った。




