男たちは胡桃の木の上で
男たちは胡桃の木の上で
黒い革張りのソファに男たちと猫は座っていた。
毛足の長いグレーのカーペットが靴下を履いた足にも気持ち良い。
経費節減と昨今の温暖化の影響で、暖房は入れていない。
胡桃の樹と細い鉄の脚を組み合わせた、年代物めいた風合いのテーブルの上には、トランプカード。ブランデーのボトル、五つのグラス。
リビングには甘いアルコール臭がまったりと漂っている。約一名、煙草の匂いをとても嫌がる人間がいるので、紫煙は見受けられない。
「剣護先輩。大検、取れそうですか」
言いながら煙草嫌いの荒太がカードをテーブルに置く。
「うん。順調。ねえ、誰、ハートの4、止めてんの。意地悪やめてよ」
そう言って剣護も持ち分から出せるカードを出す。
「太郎兄。七並べでそれを訊いたらゲームにならないだろ」
「さてはお前か、次郎」
剣護がポーカーフェイスの弟を睨む。
「だから意味無いって、それ。パス1」
「おお、何と、そこでパスなされますか、怜様、殺生なっ。くう、…私めは、パス3で」
山尾が呻く。ふかふかしたグレーの片手で顔を覆った。
「お強いですよねー、怜様。俺もパス1で」
荒太がじろりと兵庫を見る。
「性格の悪さが出るよなあ、これ」
「二番目に勝ってる荒太様が言っては、ご自分の首を絞めるのでは?」
「そうそう、ねえ、誰、クラブの10止めてんの。意地悪やめてよ。次郎、お前こそ院試の見込みはどうよ」
「問題無い」
「うっお、涼しい顔。俺、ポーカーじゃなくて七並べで良かったって思う」
「何でさ、荒太」
「だって先輩、江藤がこの顔で、しゃらっと〝ロイヤルストレートフラッシュ〟とか言ったら超、憎たらしいじゃないですか。嫌味な男の典型ですよ。俺、そんなの見たくない」
「あ、うん。言いそうだ、こいつ。次郎、院試に落ちたらギャンブラーになれよ。お前ならきっと食べて行ける」
「弟に何を唆してるの。俺は堅実で地道な人生を歩みたい。で、次もパス2ね」
「おおおお、怜様ああ、お慈悲を、」
だみ声の悲鳴が上がる。悲鳴に合わせて透明の髭がビリビリと震えている。
「山尾、これも一応は真剣勝負だから。ごめんよ」
秀麗な顔が詫びると、猫は耳を伏せて項垂れ、持っていたカードを全てテーブルに置いて行った。長い尻尾もしょんぼりしている。
「次郎の苛めっ子ー」
「で、俺も次、パス2で」
「覚えてろよ、兵庫。にしても昼間っから酒に博打に、退廃的だよなあ」
「まあほら、真白と美羽さんと、あと名前とかどうでも良い魔王が帰るまでの、大人のブレークタイムだよ。ねえ、誰、クラブの5、止めてんの。よってたかって俺をいたぶらないで」
「先輩、頭が良い割りにゲーム系、弱いですよね。目の色が派手だと賭け事に負けやすい法則とかあるのかな」
荒太が金色の瞳の猫と緑色の目の剣護をそれぞれ見遣る。
「荒太。差別は良くない。それを言ったらお前、欧米の人たちはどうなる。俺は真白と同じで心がピュアに出来てるの」
「太郎兄、あの子は俺の次に強いよ」
「ピュアで繊細でガラスのハートだから。ねえ皆、賭け金、下げない?」
「下げない」
山尾を除いた全員が異口同音に言った。




