与える砂糖、貰う塩
与える砂糖、貰う塩
「将来設計の目途はついたか」
帰り道、電車の踏切のところで竜軌が不意に訊いた。
カンカンカン、と音が鳴り、黒と黄の縞模様が降りて来る。
〝そんな簡単につくものじゃないわよ〟
竜軌の横顔が同意するように微かに笑った。
目の前を電車が通り過ぎて行く。
資金援助はしてやるから好きなように生きると良い、と竜軌に言い渡された時、美羽は自分でも驚くことにショックを受けた。突き放されたようで悲しいと感じる自分に戸惑った。結局はこの世界で、自分の存在に懸命に執着してくれる人間などいないのだ。自分は竜軌に何を期待していたのだろう。
(私を待つ家族がいるなんて夢、信じていた訳でもないのに)
けれどそんな心境はおくびにも出さなかった。プライドの高さは、美羽が持つ数少ない財産だ。誰が相手であれ、誇りだけは譲り渡すつもりはない。
(私は傷つかない)
踏切を渡り終えて竜軌が続けた。
「あの靴屋の親父はな、あれで十年間イギリスで修業した、今では数少ない本物の手縫いの靴職人だ。お前の参考にもなるだろう」
そういう思惑もあったのか、と言われてから悟る。
そして下町界隈を通り家に帰り着くまで、竜軌が無作為に見せかけて慎重に美羽を気遣いながら歩いていることも、最近になって気付いた。
言動や外見からは意外だが、あんな邸宅に育てば紳士的な配慮も身につくのだろうか。
(あ、また)
通り過ぎざま、女子高生が竜軌をこっそり携帯で撮っていた。
竜軌は、ざっくりした黒いTシャツにジーンズというありふれた服装が見映えする人種だ。加えて威風堂々とした空気を纏っていれば、道を歩くだけで注目を浴びる。
他人の目を自覚しながら見事にそれを無視出来るのは、慣れからだろうか。
王侯、という言葉をまたもや思い浮かべる。
日暮れ前、オレンジ色に染まる下町を少女は俯いて歩く。
(私は傷つかない)
一人ではないのに、なぜか独りぼっちの気分で。




