滂沱
滂沱
「兵庫。今から言うことを、嵐下七忍の全てに伝え、徹底させてちょうだい」
『はい。何でしょうか』
「新庄先輩の命令には応じないこと。それから、美羽さんを捜して、保護して」
『美羽様が行方知れずに?』
「福岡県の秋月で姿が消えたわ。まだ何とも言えないけど、先輩は美羽さんの裏切りと決めつけ、…危害を加えるつもりでいると思う」
『では信長公に先手を打たれる訳にはいきませんね』
「彼女を守って。けれどあなたたちでは先輩に歯が立たないから、見つけ次第すぐ、私か荒太君に知らせて。無茶はしないで、お願い」
携帯の向こうで、笑う気配がした。
『我らの本分は言わば真白様や荒太様の盾であり、剣なのですが』
「そう、それでも損ないたくない。私は強欲なの」
『そんなあなたを、我らは慕っているんですよ。前生より繋がる縁を誇りとも思っています。御命令、確かに承りました。……真白様もどうか無茶をなされぬよう、ご自愛ください』
望みを通そうとするだけの力が自分に備わっていることを幸いと真白は思う。
人の世で生きるに辛くもあった異端の力だが、見返りは十分に得られている。
「……けれどあなたとは、出来れば戦いたくないんです。先輩」
他には荒太しかいないリビングで、真白は話しかけるように言った。
『 すべてはすぎてゆくでしょう
ときはうつろい人は去り――
樹からかれ葉の散るように
けれどもみんなそれぞれに
すぎゆくわけがあるのです 』
図書館から借りて来た本を竜軌は読んでいた。
『ユニコーンとレプラコーン』
深く青い、海のような表紙が印象的だ。
指で言葉をなぞる。電子機器では得られない古びた紙の感触。
図書館という制度も、いつまで存続するだろうと竜軌は考えている。
(すぎゆくわけ)
散る枯れ葉のように。
〝俺を許せ〟
〝私を許さないで〟
口に乗せるにはどちらが辛いだろう。
許すなと乞うほうが、幸福からより隔たっている気はする。
諦めて項垂れて泣いて打ちひしがれている。
絶望している。
あの時、彼女は確かに竜軌の愛情を諦めたのかもしれない。
(お前は俺を最も愛していた。掛け値なく)
終生変わらぬ愛を竜軌は受けた。
ゆえにこそ蝶は消え、あとには鱗粉のように思い出だけが残った。
(殺すまでもなく死んでいるかもしれん)
すぎゆくわけにもおおよその察しはついている。
『 ときはうつろい人は去り―――
樹からかれ葉の散るように
地上のすべての生き物は
そのよび声を聞くでしょう
けれど、ああ
絶望してはいけません
なぜならみんなそれぞれに
すぎゆくわけがあるのです 』
(よび声)
あの日以来、蝶の声はぷつりと途絶えた。
彼女を呼ぶ者の声も聴こえない。
たまに同じ音の名前を耳で拾っては身じろぎし、落胆している。
「美羽」という存在が、世界から消失してしまったようだ。
毎晩、腕の中にあった温もりに、竜軌は余りにも慣らされていた。
この途方も無い喪失感。
それでも慈愛深い人々は言うのだろうか。
すぎゆくにはわけがあるのだから、絶望してはならないと。
死ぬな殺すな、笑って生きろと。
『ユニコーンとレプラコーン』著・C・W・ニコル、イラスト・マーガレット スミスより引用




