賽の目
賽の目
東京に戻った竜軌は、一人だった。
「…言っている、言葉の意味が解らないわ」
竜軌が醒めた目を上げる。
「脳が鈍ったか?美羽が消えたと言ったのだ、真白」
「それだけじゃ解らんぞ、新庄。ちゃんと話せ」
下の階に住む剣護は、たまたま荒太と真白の住居を訪れていた。
「福岡で、秋月観光をして、旅館に泊まった。朝起きると、美羽はいなかった」
「前日に変わったことは?」
荒太が尋ねる。良くない兆候だと思いながら。
「別に無い」
「…美羽さんは、朝林、…義龍を思い出してはいなかったんだよな?」
「そうだ。明確には」
「――――――――新庄。あんたにとって不快と承知で訊くが、濃姫に、義龍に対する肉親の情は皆無だったか?」
竜軌の表情は凪いでいた。
自分同様に、凪いだ顔で人を殺せる男だと荒太は知っている。
「愚問だ」
「判然としないんだな。つまり記憶を取り戻した美羽さんが、朝林の元に走る可能性もゼロではないと」
「荒太君」
「人はあらゆる可能性を考慮するべきだ。生きる為にも、守る為にも」
血の匂いがする。
剣護は緑の目をあたりに走らせた。
綺麗好きで潔癖症の荒太は、住まいに塵一つ落ちるのも見逃さない。
リビングに敷かれた、アラベスク模様のカーペットはいつも通りに清潔で、沁みも無い。
予兆か、と剣護は思う。
緩やかになったと感じた川が一瞬後、激しい急流に転じるように。
この展開は行き着くところまで、ノンストップで前のめりに進み続けるだろう。
そのどこかで必ず、血の雨が降るのだ。
流れるのは誰の血だろう。
義龍か。竜軌か。それとも――――――――。
「美羽が幸福であれば、手放しても良いと、思っていた」
三人の視線が竜軌に向かう。
魔王の愛情表現としては、破格の言葉だ。
「だが、俺を裏切ったのであれば話は別だ」
「……どうすると?」
「愚問だ」
竜軌が嗤う。
「…そこは判然としてるんだな」
そう言って荒太は隣に座る妻を見る。
彼女がそれを許す筈がない。




