闇に赤の降りしきる
闇に赤の降りしきる
「美羽」
上を向いていた美羽が竜軌を振り向く。美しいものに向けた笑顔のまま。
「すまなかった」
「なぜ」
赤い葉が竜軌の前をよぎった。
「守ってやれなかった、俺を許せ」
美羽が遣る瀬無いように微笑む。
「…昔のことを言うておるのか。信長」
「そうだ」
信長と呼ばれている内に、美羽が帰蝶の物言いをする内に、詫びておきたかった。
自己満足と承知の上で。
ふと、空気が表情を変えた気がした。
「聴け、信長」
それは美羽とも帰蝶ともつかぬ、冷たく澄んだ巫女のような声だった。
少女の前に、後ろに、赤い葉が散る。彼女を敬い彩るように。
「私は幸せだったのだ。最期まで、信長といられて。信長と夫婦で良かったと心底思うておる。ゆえにもう己を責めるでない。本能寺の呪縛から放たれよ。私を兄の呪縛から放ってくれたように。力丸のこと、あいすまぬ。最早、信長に、兄を許せとは言えなくなったな。私も、私を許せぬ。詫びるのは実に、私のほうであったのだ…のう、信長。私のほうで、あったのだ」
美羽の左目から一粒、涙が散る。
赤い葉が散る。
間断なく。散っては落ちる。
降って降って、赤で埋め尽くすつもりかと疑うくらい。
散るを愛でるは酷ではないかと、そう言ったのは誰であったか。
生のみを愛でる慈しみを、数多の人が持てれば良いのにと。
言い得て妙と思いつつ、あの時自分は、散る無念さを掬うもまた、慈しみであろうと、らしくもないことを答えた気がする。
ここはどこだ、と竜軌は思う。異界に迷い込んだような心持ちだった。
紅葉を率いて、透徹とした眼差しで微笑む美しい少女は、何と言った。
その言の葉はまるで。
(お前は誰だ)
「ごめんね、竜軌」
美羽がそう言ったので、竜軌はますます、彼女を誰と認識すれば良いのか、解らなくなった。
「その時が来たらどうか私を許さないで」
一息に告げてその場に倒れ伏そうとした美羽の身体を、竜軌は赤い葉と一緒に受け止めた。頬には力丸が失ったのと同じ左目からだけ、濡れた跡がある。
月と星と紅葉の照らす下で、竜軌は愛する女の顔を凝視して動けずにいた。




