魔法の時間
魔法の時間
美味い美味いと言いながら、美羽は夕食を完食した。
「松茸の土瓶蒸しは、ちと贅が過ぎるが、やはり美味よの」
「好きか」
「うむ、大いに私は気に入っておる。…邸で出さぬで良いからな」
「そう、怖い顔をすることはないだろう。それでお前、いつまで喋ってるんだ?」
「は?」
「その内、ネジが飛んだみたいに寝るんだろう?今自体、ネジが飛んでるようなもんだが」
「私を愚弄するか、信長!」
同じ台詞を前世でも飽きるほど聴いたが、まさか美羽の口からも聴くことになるとは思わなかった。これを現代語訳して美羽の口調に変換すると、「莫迦にしてんの、竜軌!?」であり、いつもと大差ない。そして竜軌はいつも通りに嘘をつく。
「莫迦になどしておらんぞ、美羽」
莫迦そのものだと思っていると本心を告げる下手は打たない。
「茶が飲みたい。淹れてくれ」
これは帰蝶には言ったことがない。尤も、当寺はまだ茶は専ら点てるもので、淹れるものではなかった。
「うん。良いぞ」
一応は姫君育ちであった帰蝶には、こうした庶民感覚は望めなかった。
命じようものならそれこそ愚弄するかと怒っただろう。
「茶を飲み終えたら庭に出ないか?」
「外は寒い。暖房は温い」
「押入れの中にある丹前を羽織れ。足りんなら俺のジャケットも羽織れ」
「…様にならぬな。着膨れる」
「良いだろう。どうせ見るのは俺だけだ」
外出着の上に丹前とジャケットを重ねた美羽は、実際、てんで様になっていなかった。
「そういやお前、風呂もまだだったな」
「うん」
「このあと、入れ。内湯に」
「なぜ。女湯のほうが広いであろう」
「不測の事態が起きては困る」
「今宵の信長は変だな。……夜の、星明りの下に映える紅葉も美しいな」
楓の間の外は、部屋の名前に相応しく、紅葉した樹々が植わっていた。
歩くと下駄がカコカコと鳴る。
「月も明るい、星も明るい。下駄はよう喋るの」
今夜のお前もよく喋る、と竜軌は心の内で返した。
明日の朝になれば多分、いつものように戻るのだろう。
りゅうき、と呼んでメモ帳を突き出して来る。
(……今だけか)
それであれば竜軌には、彼女に言っておきたいことがあった。




