花より腹
花より腹
俺は誰かと問えば瞳を丸くして、信長は信長であろう、真に気は確かか?と、帰蝶そのものの口調で訊いて来る。
それはこっちが言いたい。色々探ってみたが、竜軌を信長と呼んで流暢に喋る他、記憶や性格は変わらず美羽のままだ。物言いが違うと、こうも違うものかと驚かされる。
床の間に飾られた紫苑の花を見て、美羽が目を和ませる。
「紅葉の、黄や紅も鮮やかだが、薄紫も儚げで良い。そうは思わぬか、信長?」
「……ああ」
「したが、花を見ても腹は満たせぬな。夕餉はまだかな」
確かに美羽だ。だが帰蝶にもこういう実利を重んじる面はあったので、やはり戸惑う。
帰蝶といるような。昔に戻ったような。
(この俺が幻惑されている。忌々しい)
神仏がこれを覗いていれば、さぞや見物だろう。
「俺は長風呂だから、遅めの時間を頼んだんだ。悪かったな」
「いや。信長の、風呂好きはよう知っている。だがな、腹の虫が大合唱しておるわ」
「八時まで、あと僅かだ。耐えよ」
気を抜けば竜軌まで、釣られて昔の口調に戻ってしまう。
「されど、五分は空腹の身には永劫にも等しいぞ。信長。私はこの秋月という遠国で、飢え死ぬやもしれぬ。そは、マダム・バタフライの矜持に反するのだ。無念ではないか」
阿呆らしくなって来た。




