携帯さんに
携帯さんに
マダム・バタフライは昔懐かしのサイダー瓶を手に、満面の笑顔だった。
店の横には細い清流が見える。
「美羽。それはここでなくても良いんじゃないか?」
〝都会じゃこんなん、お目にかからないわよ。見て、ビー玉、入ってる。びんごと持って帰るわよ、これは自慢できるわ〟
「…瓶ごとか。確かに都会じゃもう見られんが。俺はそろそろ燻製屋に、」
行きたい、と竜軌が続ける前に、美羽が首を振る。
〝焼きもちも食べる。シフォンケーキのお店にも行く〟
「ぶとるぞ」
〝焼き続けて四十年〟
「CMか。こういう観光地の甘いもんはやけに高いだろうが」
〝なんと一個、たったの九十円!〟
「安いな。行くぞ、燻製屋はどこだ」
竜軌が入りたかった秋月郷土館は月曜休館だったので、彼は美羽が焼き餅を食べ終わり、〝ふわふわ、しっとり、とろける〟シフォンケーキの列に並ぶのを渋い表情でひたすら忍耐強く待っていた。
「りゅうき!」
「………」
「りゅうき?」
「もう、いい。何でも喰え。何でも買ってやる。とっととしろ」
「りゅうき…」
「怒ってない」
「りゅうき!」
〝よかった。じゃあ、桜染めのスカーフ、買って〟
「KY」
〝マダム・バタフライよ〟
「うるさい、どれだ」
美羽が女性客の多い店内に竜軌を引っ張り込み、商品を示して見せる。
竜軌の存在は店内で浮き、目立っていたが、本人も美羽も気にしなかった。
「…悪くないな。羽衣めいて。お前が纏えば様になろう」
竜軌の眉間から皺が消え、表情が柔らかくなって美羽も喜んだ。今日着ている白いブラウスにグレーと白の霜降り模様のベスト、濃い紫のフェミニンなスカートに合うのではないだろうか。
買ってもらったら早速、羽織ろうと思う。
ミリタリージャケットの上から、というのがいまいち様にならないが。
〝じゃあ五枚、お願いね〟
「――――――――何だと?」
〝私のと、真白さんのと、文子さんのと、三谷さんのと、藤原さんのぶん〟
「こういう時だけ妙な社交精神を発揮するな。天然の染物は高い。せいぜいが真白のぶんまで。どうせ母は、こんなもん山と持ってる」
〝お土産は、心〟
「夏目漱石でも読んでろ。俺が出すのは金だ」
侃侃諤諤やり合った末、美羽は、マチと秋枝には桜染めのティッシュケースで妥協することにした。
〝ありがとう〟
「むくれおって。礼を言う顔じゃないな」
〝だって、身分差別みたい〟
「そうじゃない、親密度別だ。さあ、燻製屋だ」
もうこれ以上は一歩も譲らぬ気構えで竜軌が美羽を促した。
〝ベーコン、ここにはないわよ?〟
「…」
〝顔が怖い〟
「杉の馬場通り沿いじゃないのか」
〝うん。あの、もっと、あっちの道の、ずっと、入り組んでる、あたり、で〟
「もちろんそこまで、俺を正しく道案内してくれるんだろうな、美羽?ん?」
こめかみに青筋を浮かせんばかりの竜軌は、とても恐ろしかった。
美羽は超特急でペンを走らせた。
〝携帯さんにきいてみるわ!!〟




