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もちろん

もちろん


 涼しい日ではあったが紅葉した秋月は、思いの外、冷えていた。そして竜軌の言った通り、人も多かった。

 寒い寒いと震える美羽に黒いミリタリージャケットを譲ってやり、竜軌はお食事処で熱燗を飲んだ。

 木目込人形のような少女が運んで来てくれたにゅうめんに息を吹きかけながら、美羽は身体の内側からも暖を取った。

「美羽、鼻水。こら、吸うな、ティッシュを使え」

 しょうがないなと竜軌がカメラバッグからポケットティッシュを取り出して美羽に放る。

 完全個室なので安心してお仕事出来ます、同性ばかりの職場、一時間五千円の時給も可能、と書かれた紙が入っている。

 どういう〝お仕事〟だ、と美羽は竜軌を睨む。

「配られたのを貰っただけだ」

〝どうして男のあなたに配るのよ〟

「俺が知るか。いい加減、鼻が垂れるぞ」

 本当かしらと怪しみながら鼻をかんだ。

「すいません、熱燗、もう一本」

「はい」

 混んでいる店の中、長居する客に木目込人形は嫌な顔一つ見せない。

(中学生くらいに見えるけど。偉いわ。それに引き替え、この飲んだくれは)

 その飲んだくれは、酔眼の気配すら見せず、くいくい盃を傾けている。

(レンタカー使わないんじゃなくて、使いたくないんじゃないの?)

「…秋月氏には会わなかったな」

 河童やら地蔵やら狸やら、多様な置物が盛りだくさんな窓際の棚の前で美羽がきょとんとしているのを見て、竜軌が言い足す。

「昔な」

 秋月氏と言えば、元・秋月城主のことだろう。

「りゅうき、」

〝九州に住んでたの?〟

「いや、住んでなかった。だから会う機会も無かったし、向こうも俺に会いに来たりはしなかった」

〝なんだか偉そうな物言い。よくないわよ〟

「そうだな。言うほど偉くもなかったしな」

〝平社員?〟

「もうちょっと偉い」

〝係長、課長〟

「もう一声」

〝もしかして部長クラス?すごいわね!〟

「うん、ブショウクラス。これでもそこそこ、頑張ったんだ」

〝竜軌、えらい、よくやった〟

「そう。それで、お前はその奥さんだから、お前もそこそこ、偉い」

 ふむふむと美羽は口元を緩めて頷いた。

 この情報は探検団の会員募集に役立たないだろうか。探検団、会員番号ナンバー1のマダム・バタフライは前世、部長並みに偉い男の奥さん。

 箔がつくと言うより、どことなく締まらない気がするのはなぜだろう。言葉の周りに大層、間抜けな空気が漂うような。

 もっと大きな宣伝文句が欲しい。

「りゅうき」

〝前世で会った中で、一番、偉い人は?〟

 胡散臭い占い師の前に座る客のような質問をする。

「身分ということか?すみません、熱燗、まだですかー」

 美羽に訊き返しながら右手を挙げ、声も張り上げる。

〝そうね。わかりやすく偉い感じだと助かるわ。こう、大リーグ並みのメジャー感でお願い〟

 竜軌は真剣に考える顔を見せた。

「権勢、軍事力、財力でもなく、知略とか人材豊富とかでもなくか」

〝それ聞いてると、一番、偉い、って何だろうって考えちゃうじゃない。早く答えてよ〟

「天皇かな」

「すいません!熱燗、お待たせしましたあっ、」

「ああ、ありがとう、忙しいね」

 竜軌が労うように笑いかけると、少女も愛想よく笑い、ぺこりと頭を下げた。

 美羽はとくとくとく、と黒い陶器の盃に注がれる液体から湯気が上がるのを見ていた。

〝冗談よね?〟

「もちろん冗談だ」



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